By Donnie Ray Jones

生まれてすぐの赤ちゃんのころを覚えている人は少数派で、多くの人は物心つく前の記憶を失ってしまいます。これは3歳以前の記憶が残りにくい「幼児期健忘」として知られていますが、はっきりした原因はわかっていない状態です。古くは心理学の父と呼ばれるジークムント・フロイトが100年前から研究していた分野ですが、BBCが幼児期健忘に関する研究をまとめています。

BBC - Future - The mystery of why you can't remember being a baby

http://www.bbc.com/future/story/20160726-the-mystery-of-why-you-cant-remember-being-a-baby



赤ちゃんの脳はスポンジのように新しい情報を吸収していき、毎秒700もの新しい神経連絡経路が形成されているにもかかわらず、なぜ人間が初期の記憶を保持できないのかについてはわかっておらず、現在も多くの研究機関で研究が行われています。

最新の研究は赤ちゃんの意識や記憶は母親の子宮にいるころから訓練を始めていることを示唆しており、3歳以前の記憶は全く保持できないというわけではありません。対照的に、成人でも「記憶する」という努力がなければ記憶した情報は時間とともに失われます。つまり記憶を試みることが重要なポイントになるわけですが、この点について19世紀のドイツの心理学者ヘルマン・エビングハウスが人間の記憶の限界を調査する実験を行っています。

エビングハウスの実験は「kag」あるいは「slans」のような無作為の文字で作られた「無意味音節」と呼ばれる単語を無数に記憶するという内容です。無意味音節を学習した被験者を放置すると、1時間以内に学習した内容の半分を忘れてしまうことがわかっており、30日後に覚えていられる分量はわずか2〜3%とのこと。この実験で作られたとされるのが「忘却曲線」と呼ばれるチャートで、人間の記憶の忘却には一定のパターンがあることを示しています。赤ちゃんの記憶がどのように形成されているのかについては、この忘却曲線と比較する実験が有効であると考えられています。



By Sue Ford

幼児期健忘が始まる年齢には個人差があり、「2歳ごろの記憶を持っている」という人もいれば、「7歳以前のことをほとんど覚えていない」という場合も。平均値は3.5歳であるとされており、国によっても「最初の記憶」が発現する年齢に異なる傾向があることがわかっています。コーネル大学の心理学者チー・ワング氏が中国とアメリカの大学生から何百もの幼少期の記憶体験を集めた結果、アメリカ人の記憶は中国人より長く克明で、著しく主観的だったそうですが、中国人の記憶は簡潔で事実的な傾向があったとのこと。

具体的には「動物園に虎がいた」よりも「動物園に行ったら虎がいて、怖かったけどとても楽しかった」というような違いで、これは自己に焦点を置いた記憶の方が思い出すことが簡単であり、いわば自己中心的な方が幼児期の記憶の形成を有利にする可能性を示しています。また、ワング氏によると中国では幼少期の記憶が重要視されないそうですが、ニュージーランドの先住民族であるマオリ族は過去を重要視する文化を持っており、多くのマオリ族が平均して2.5歳ごろからの記憶を話すことができたとのこと。

マオリ族の調査は、文化が記憶力に影響を与えることを示しており、言語能力の獲得が記憶の形成を助けると主張する心理学者も多く存在します。一方で、言語能力と記憶の関係に懐疑的な心理学者もおり、耳が聞こえない子どもの初期記憶の発生が特別遅いわけではないこともわかっています。このことから、幼少期の記憶を保持できないのは、単純に「脳の記憶を司る分野である海馬が開発されていないため」という結論にたどり着く、とBBCは述べています。

神経科学の歴史で有名な患者である「HM」は、てんかん治療のために海馬を含む内側側頭葉を切除されたのをきっかけに新しいものごとを記憶できなくなってしまったのですが、赤ちゃんのころの海馬も同様に、未発達であるために記憶が定着しづらいと考えられています。

ただし、赤ちゃんのころの体験が大きくなってからトラウマなどの形で人に影響を与えるようなことがあるのも事実であり、人は幼少期の体験を何も記憶できていないわけではありません。セントジョンズ大学の記憶関連の研究者であるジェフリー・ファーゲン氏は、「赤ちゃんの記憶は恐らく、海馬とは別の場所に格納されています。現段階では未解明の場所であり、その場所を実証するのはとても難しいのです」と話しています。