糸井重里●東京糸井重里事務所社長。1948年、群馬県生まれ。コピーライター、作詞家、ゲームプロデューサーなど多彩に活躍。98年、ウェブサイト「ほぼ日刊イトイ新聞」を開設。

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糸井重里さんが主宰するウェブサイト「ほぼ日刊イトイ新聞」から「ほぼ日手帳」が生まれたのは2001年秋。年々支持者が増え、2015年版の販売数は55万部を数える。「ほぼ日」が追求してきた「手帳を使う楽しさ」とは?

■「他人に都合のいい」から「自分の都合にいい」へ

「ほぼ日手帳」は毎年、改良を加ています。2016年版の大きな変更は、これまであった前年12月分のページをなくし、その分を各月の頭に振り分けたことですね。

リピートユーザーが多いので、前年12月分はいらないだろう。僕はずっとそう言い続けていたんですが、今回は思い切ってそれを実行しました。でも、ドキドキですよ。

いつものことですが、変更に対するユーザーの声は「変えないでほしかった」「前のほうがよかった」というものが多いんです。「よくぞ変えてくださった!」という反応は、あまりありません。愛用品については、皆さん意外と保守的ですよね。

世の中のことは「何か変えなきゃ」と多くの人が思っているけど、自分のものは「変えないで」と願う。ところが、そこを変えて1年も経つと、今度は変更したところを「変えないで」と思う。人間って面白い。

ユーザーの声は大切にしています。でも、何でも聞き入れるわけではありません。たとえば、初出「オリジナル」の後に出した「カズン」は「もっと小さく」というユーザーの要望に背いて、サイズを大きくしました。にもかかわらず、好評でしたね。手帳本体を分冊した「avec」は2014年、「そんなに売れないだろう。お試しでいいや」というつもりで出したんですが、これも予想外に当たりました。

革命的な手帳を目指しているわけじゃないんです。ユーザーの気持ちをマッサージしながら、既存の手帳のあり方を変えていく感じですかね。激しく改善を繰り返してきた手帳ではあります。楽しく使える手帳にしたいと、いつも考えていますから。

方眼付きの1日1ページが、ほぼ日手帳の基本コンセプトです。現在は文庫本サイズの「オリジナル」、A5サイズの「カズン」、長財布くらいのサイズの「WEEKS」、そして英語版の「Planner」というラインアップ。

手帳本体には、1年を半年分2冊に分けた「avec」があります。カバーが豊富で、今回のバリエーションは82種類。手帳は1年間つきあうものだから、皆さん自分が大事にしたいものが欲しいんですよ。だから、重たくなってもいいからカバーをつけたいんでしょう。カバーはいわば1年間のマイブーム。服を着替えるというより、ヘアスタイルを変える感覚に近いかな。

アーティストとコラボしたカバーもあって、自分なりのおしゃれが楽しめる手帳ですが、この「自分なりの」が、ほぼ日手帳のキーワードなのかもしれません。

否定するつもりはないんですが、これまでの手帳には押しつけがましいところがあるでしょう?

学校指定の体操着みたいでつまらない。僕は肌に合わなかった。ほぼ日手帳の出発点は、実はそこなんです。

そもそも、手帳は他人のためにあるものなんですよ。何時からは誰々に会う、何時からはこの仕事とか、それは自分のしたいことというより、実行しないと他人に迷惑をかけること。機能的によくできている手帳ほど、他人に都合がいい手帳なんです。

もちろん、スケジュールを管理する機能は手帳には必須ですけれど、もっと自由に、好き勝手に使える余白の多い手帳があっていいんじゃないかと考えたんです。だから1日1ページ。言うなれば「ほぼ日手帳」は、手帳としての機能性を備えた落書き帳ですね。だから、地方などでユーザーに手帳の使い方を見せてもらうイベントをやると、来場者たちは列に並んでいる間、隣の人と「見て、見て」って手帳を見せ合いっこしてるんですよ。お互い持っているだけで仲よくなれるんです。

■ページに記された「海」1文字

ユーザーの使い方は実に多様です。日記のように使う人もいれば、イラストを描く人、写真を貼る人、祖父・娘・孫の3世代で使うご家族もいます。初めての取引先との打ち合わせで、担当者の似顔絵を描いておくという人もいました。

スケジュール管理のメモは、行為の記録。しかし、考えたこと、感じたことを記録にすれば、それは表現になりますよね。僕もたまに自分の手帳を見返すことがあるんですが「ああ、去年の今頃はこんなことを考えていたのか」とか「これ、今の仕事に使えるじゃないか」という記述も出てきます。

ほぼ日手帳は、予定のための手帳というより、過去を振り返り、そこにいる自分を眺める手帳という性格が強いと思います。考えたこと、感じたことを記録するから、そこに持ち主の人間性が表れるんです。

僕が見せてもらった手帳でよく話題にするのが、ある若いお母さんの出産の記録。出産間近の不安や喜びが日記のように綴られていて、出産当日には「陣痛始まる」という記述があり、出産後は赤ちゃんの写真が増えるんです。

彼女が僕の奥さんで、その手帳を見たら「大事にしなきゃ」と思いますよね。生まれた子が女の子で、成長して子供ができたとき、この手帳を見たら「お母さんも私と同じだったんだ」と思うでしょう。安心するし、出産の覚悟もできると思う。

ほぼ日手帳全体のデザインを担当する佐藤卓さんの平日のページには几帳面にびっしりとスケジュールが書き込まれています。ところが、対照的に「海」という1文字だけしか記されていないページがあるんです。

佐藤さん、サーファーなんですよ。それを知れば、その1文字から海へ行ける日の楽しみと喜びが伝わってくるでしょう。当人も、その1文字を書き込む瞬間に、うれしさを味わっているはずですよ、きっと。

■「明日、一番力を入れること」を書く

実は今、自分なりのほぼ日手帳の使い方を模索中です。ある社員の使い方を見て、真似をしてみたのがきっかけでした。僕は、ほぼ日手帳ユーザーとしてはいい加減なほうで、使ったり、使わなかったりと波があるんですが、これはちょっとはまりましたね。

どんな使い方かというと、まずその日の反省点を書くんです。「今日はしゃべりすぎた。あんなにしゃべる必要はなかった」とかね。

その次に、その日うれしかったことやよかったことを書く。さらに明日、一番力を入れてやろうと思うことを書くんです。

これをやってみて、自分がまったく反省というものをしない人間だとわかりました(笑)。反省を書こうとすると、そこでもう筆が止まるんですが、何とか探そうとすることが僕にとってはちょっといい作業だったんです。

逆に、1日のうちでよかったこと、うれしかったことは、山ほど拾えますが、あえてひとつだけ選んで、そのうれしさをかみしめてみる。すると、何か1日の気持ちの動きみたいなものも見えてきます。

明日、一番力を入れてやろうと思うことは、予定事項の優先順位に関係なく「これ、いいな」と思ったことを選ぶようにします。たとえば明日、取材を受けるとしますね。仕事の優先順位としては一番じゃないけれど、テーマが面白そうだから、とびっきりいい内容の取材にしてやろう、とか。

寝る前に「明日は4つも5つもやらなければならないな」と思うと、朝起きたときには「ああ、もう今日になっちゃった」と気分が沈みがちですよね。しかし、前日に1つだけを意識しようと決めれば「手帳に何を書き残せるだろう」と、ワクワクした気持ちで朝を迎えられるんです。その日の行動全部のモチベーションが、つられて引き上げられる感じがします。

■自分と向き合う余白が物語を生む

やっぱり、人間に余白は大切です。

多忙な人に休養が必要なように、予定にやたら盲従せずに、立ち止まって自分を見つめる時間を1日のどこかで持ってほしい。

それと、自分の考えや感じたことを文章化すると、それまでもやもやと逡巡していた自分の思考がはっきりしてくることがあるでしょう。

手書きのよさというのもあります。ペンを持って書いたものは、手指を動かして残った体の運動の軌跡です。墨書に書家の心が表れるように、手書きの記述にその人の人柄や物語が浮き出してくるんだと思います。

僕の父が他界して、遺品を整理していたときのことですが、父の手帳に「巨人4対3で勝ち」と書かれているのを見つけたんです。びっくりしました。僕の知る父はアンチ巨人で、子供の頃に僕が巨人を応援していると「あんなものは」と難癖をつけるのが常でした。ところが、手帳にはそう書いてあったんです。

父は、本当は巨人ファンだったのか。じゃあ、なぜアンチ巨人を装っていたのか。逆にアンチ巨人ならば、なぜ巨人の勝ち試合の記録を残したのか。そこに、僕には計り知れない、当人だけの物語があるんですよね。

家族にも見せていない父の顔があって、手帳に向かう時間は、父がその自分の顔と向き合う特別なものだったのかもしれません。

本当の自分を見つめるため、あるいは自分を振り返ってみるための余白。スタッフたちと、ああでもないこうでもないと言いながらほぼ日手帳で提供しているのは、そういう余白なんです。

1日1ページで、書き込むスペースはたっぷりあります。「な〜んにも決まりはありません。どうぞ、思いっきり好き勝手に使ってください」と。それがつくり手の僕らが望む、ほぼ日手帳の楽しみ方。柔らかく豊かな思考の遊びを促す、時間の余白でもあると思います。

▼みんなは、こんなふうに使っています!
[1]これは盲点?「カズン」を日々の英語学習用ノートに。コピーを切り貼り。
[2]ページを撮影してインスタグラムなどSNSに投稿・共有する人、多数。
[3]糸井事務所社員の使用例。時間軸と方眼を駆使して、1ページ1日分を広々と活用する。
[4]1ページ2日の箇所に、気に入った格言やエピソードを並べて書き込む。
[5]時間軸の活用は申し訳程度。各ページを趣味の菓子作りで埋め尽くす。
[6]1ページ2カ月分の年間インデックスを、主ページの目次として活用する。

(高橋盛男=構成 小原孝博、ERIC=撮影 写真出典:『ほぼ日手帳公式ガイドブック2016』、「ほぼ日刊イトイ新聞」HP)