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耳をつんざくエンジン音、内臓まで震わすような振動、唸るエンジンからの排気ガスとタイヤが焦げるにおい、頂点に達した観客の興奮とピット・クルーの緊張した表情。その時私は鈴鹿F1レース場のフェラーリチームが陣取るパドック席にいた。パドック席というのは各チームのピットの真上に設置されたVIPルームだ。トラックの外側にある一般観客席とは違い、トラックを挟んでサーキット会場の内側にある特別なビルにしつらえられた特別観戦席である。レースのスタートラインの目の前にあり、下を見ればマシンがピットインする瞬間が見られる。

○巨額のスポンサー費用をどう正当化?

AMDは2004年から2009年の5年間、フェラーリのスポンサーになった。なぜそうなったかについては下々の我々にはわからないが、単純に言ってしまえば一番の理由は当時のCEOのヘクターも含めて幹部連中がレーシングカー好きだったことだと思う。高い給料をもらっている幹部連中のなかにはフェラーリとかポルシェに乗って出社する人もいたくらいだ。マーケティング部が担当だったが巨額のスポンサー費用を説明するまことしやかな理由付けは以下の通りであった。

・F1レースはIT技術の集大成だ。マシンのエンジン、タイヤ、サスペンションの状態、サーキットの状態、ドライバーの調子などを各チームは最新のIT技術を駆使してリアルタイムに把握し、瞬時にベストな判断を下さなければならない。そのITシステムの中枢であるCPUの技術をAMD製品で実践する。これはまさに事実であった。実際フェラーリのエンジニアリング・チームが使用するサーバー、PCにはすべてOpteron、AthlonなどのAMD製CPUが使用されていた。
・F1は非常にコアなエンジニアの心をつかんでいる。しかもスポンサーとなればパドック席の権利を得る。カスタマー、パートナーなどの幹部を招待することでハイレベルのリレーションを一気に構築することができる。これも事実であるだろう。私もパドック席では普段会えないような人たちとシャンパングラスを片手に観戦することができた。後に聞いたことであるが、驚くべきことにAMDが自社ファブ戦略を捨ててファブレスになる際のパートナーとなったアラブの投資グループはパドック席で偶然紹介された人々であったそうだ。その後トップ同士の話はとんとん拍子に進み、AMDはこの投資グループとGF(グローバルファンドリ)の創設を合意、その後自社のドレスデン工場をGFに売却しファブレスとなった。現在TSMCに次ぐ巨大ファンドリとなったGFはF1の出会いから始まったのである。この顛末はヘクター自身が書いた自伝に記されている。
・どうせやるのであれば一番効果の高いF1のフェラーリチームのスポンサーになる。各国の営業はベストのカスタマーを招待すべし。まさにAMDらしいやり方だ。

このように言われると確かにそうかなという気もするが、今でも私自身、実際はOpteronでちょっと儲けたAMDの幹部連中が役得でやったことのように思われるが(まず費用対効果が疑問である)、そのおかげで私もF1あるいはフェラーリのディープなファンであれば夢のような、普通ではあり得ないような体験ができた。やはりこちらも結局役得にあずかったということか。

さて、パドック席である。スポンサー企業は限られた人数ではあるが(20人くらい)招待客と一緒にパドックVIPルームに陣取るチケットを得ることになる。VIPルームではいろいろな人たちがいる。きちんとしたスーツ姿の人もいれば、スウェットで現れ、"この人何者?"と疑いたくなるような身なりの人もいる(そういう人が実は凄い人であったりする)。ゲストには着飾ったウェイトレスが笑顔いっぱいで動き回り素晴らしい食事、シャンペンなどが振舞われる。実は私は車にはほとんど興味がなく、行くまでは正直全然乗り気でなかった。しかし、重要顧客の接待アテンドということで嫌々ながら足を運んだのだが、実際に行ってみるとその雰囲気とレースの迫力には完全に圧倒されてしまった。"あそこにいるのはアメリカの著名なビジネス誌でよく写真を見かけるXXではないか?"、"隅のコーナーではスーツ姿の紳士がローストビーフとシャンパンをすすめる着飾ったウェイトレスには全く興味がないかのように、ひそひそと何か話をしている"、といった具合で最初は全く雰囲気にのまれてしまったが、だんだん慣れてきて楽しめるようになった。

○AMD×フェラーリ 当時のグッズ

F1レースでは目の前をマシンが走るのは本当に一瞬のことで、ごひいきのドライバーが今どの位置につけているのかはモニター画面を見ないと分からない。結果的に目の前のストレートをマシンが轟音を立てて通り過ぎるとすぐさま皆が近くのモニター画面に移動する、という動作を繰り返すことになる。 テニスの試合で観客がボールを追って向きを変えるのと同じである。モニター画面の横にはラップ・データが次々と表示され皆が"ほうっ!!"とか"行け―、そこだ―!!"などと声援を送るのであるが、知識のない私には最後まで全く仕組みがわからなかった。パドック席VIPルームのハイライトは著名なレーサーが部屋に現れ、“応援お願いします!!"などと挨拶に来る。全盛のシューマッハはその時フェラーリチームだったし、イケメンのアロンソがマクラーレンの(もしかするとルノー?)のピットに歩いてゆくのを見た記憶がある。その時代はスマホなどなかったから写真は残っていない。ファンの方であれば"何やってたんだ!!"と叱られそうな話であるが…

今読者の方々にお見せできるのはその時にもらったグッズである。すべてAMDとフェラーリのロゴ入りで貴重な存在である。

そういえば、9月ごろ吉祥寺で友達とお昼を食べた帰りに、駅に向かう道すがらこのバックパックを背負っていた人を見かけた。思わず声をかけようと思ったがシャイな性格なのでできなかった。多分その時期にご一緒させていただいた方の一人だと思うと少々後悔の念が残る。

著者プロフィール
吉川明日論(よしかわあすろん)
1956年生まれ。いくつかの仕事を経た後、1986年AMD(Advanced Micro Devices)日本支社入社。マーケティング、営業の仕事を経験。AMDでの経験は24年。その後も半導体業界で勤務したが、今年(2016年)還暦を迎え引退。現在はある大学に学士入学、人文科学の勉強にいそしむ。
・連載「巨人Intelに挑め!」記事一覧へ

(吉川明日論)