【プロダクトヒストリー】炊飯器〜連続沸騰で美味しさが進化〜

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日本人なら、毎日のように口にするごはん。その味は、炊飯器の性能によって大きく左右されるようになりました。

炊飯器の前身となる電気釜は、戦前に誕生したものです。そう考えると、その歴史は思いのほか古く、現在に至るまで、時代の要請に合わせて最新技術を盛り込み続けてきた結果、今のカタチへと結実しました。

そんな、和の心とともに歩んできた炊飯器のテクノロジーの変遷を、三菱電機ホーム機器株式会社の飯田慎一さんにうかがいました。

三菱電機ホーム機器株式会社・営業部の飯田慎一さん

■大正から昭和まで炊飯器の起源をたどる!

▼業界初となる電気釜「NJ-N1」/大正12年

「電気でご飯を炊ける装置としては、三菱電機が1923(大正12)年に発売した電気釜が初の商品になります。しかし、大正12年は関東大震災があった年で、社内に残っている資料は一切ありません。

もちろん大正時代ですから、一般家庭に電気釜は普及していない時代。では、どこで使われていたかというと、船舶の中だったようです。アルマイト加工が施されて堅牢性が高く、釜が滑らない設計になっています。当時は金型というものがなかったので、一つ一つ手作りだった可能性が高いですね」

確かに、手に持つとズッシリとした重みがあり、釜本体が滑らない仕様になっているというのも納得。大正時代にすでに、炊飯器の原型があったとは驚きです。

釜の中には、当時を思わせる製品説明カードのようなものが。絵のレトロ感といい、かなりの雰囲気を醸し出しています。注目したいのは「正価¥3980」という表示。この価格に関しては、いつの時代のものか分からないとのことですが、当時としてはかなり高価な商品だったことは確実

▼時代を先駆けた電気釜「NA-80」/昭和初期(年代不明)

こちらは昭和初期の電気釜。しかし、こちらも詳しい資料がなく、詳細な年代は不明とのこと。機能的には、自動電気釜になっており、ある一定の温度になると、電気が切れる仕組みです。

▼初代モデルの金型を踏襲した保温機能付電子ジャー炊飯器「ふた役さん NJF-180A」/1976(昭和51)年発売

「かつての日本では、かまどで炊いたご飯をお櫃(ひつ)に移すという“冷や飯文化”が当たり前でしたが、保温ジャーの登場で、炊いてから時間を経ても、暖かいご飯を食べられるようになりました。ただそうすると、お櫃と保温ジャーという大きなものがふたつ場所を取る。それをひとつにしたのが、この“保温機能付き電子ジャー炊飯器”。当時は大ヒットしました」

まさに「ふた役さん」の名に恥じない高機能ぶりが、当時は斬新だったようです。デザインといい、機能といい、現代の炊飯器っぽくなってきました。

▼フタ加圧式、1.3Lタイプ「電気炊飯器 NR-135AC」/1976(昭和51年)年発売

こちらはジャー炊飯器ではなく、電気炊飯器。保温機能を備えつつ、コンパクトになってきています。そういえば「ふた役さん」同様、花柄模様の家電は、今となってはとても懐かしいですね。

■そして平成へ!「吹きこぼし」のこだわりがお米をおいしくする!!

▼業界初コンパクトボディ、オールプラスチック採用「三菱ジャー炊飯器 NJM-B10T」/1986年(昭和61年)発売

▼業界初、角型タイプ「NJ-Aシリーズ」/1988(昭和63)年

「それまで炊飯器のボディは、鉄製というのが当たり前でしたが、この時代についに、樹脂製のモデルが登場しました。これは一世を風靡したタイプで、内釜が四角になっています。四角にすると釜がクルクル回らないので、ご飯をお茶碗によそいやすい。また、面積も広くとれますから、当然、釜の容量も増えるんです」

ワンプッシュオープンの蓋や、プラスチックのボディ…。もう炊飯器のカタチとしては、すっかりお馴染みのもの。違和感はありません。

▼沸騰継続式炊飯方式「沸騰タイプ NJ-HAD」/1998(平成10)年

「従来の電気釜タイプでは、吹きこぼれる前にマイコン制御で火力を落としていました。つまり“初めチョロチョロ中パッパ”ではなく、本来ならアクセルを踏まなければいけないところで逆に火力を落としてしまうので、美味しくなかったんですね。

そこで発想を切り替え、三菱電機では最初に“カートリッジ”の中に吹きこぼしを起こさせることにしました。火力を弱めるのではなく、どんどん拭きこぼさせてしまえば火力を強められますよね。それが “沸騰継続式炊飯方式”だったのです」

上部カートリッジ内にどんどん拭きこぼさせることで、火力を強めるという新方式が生まれた

▼コンパクトステンレスボディ「大沸騰IH NJ-BE」/1999(平成11)年発売

「その後、こちらのタイプに変わっていきます。ボディにステンレス素材を採用した家庭用の炊飯器も、実は三菱電機が第1号(それまでも業務用としては存在)。堅牢かつ清潔な上、デザインもスッキリしました。この辺りから、ボディ形状が四角から丸へと回帰していきます。

四角のモデルにも美点はあったのですが、量産性に欠けていました。ただすでに『四角のボディは効率がいい』というのは学んでいましたので、後々、再登場させることになります」

この頃になると、炊飯器にもIH(インダクション・ヒーティング)機構が採用され、一気に世間へと浸透していったそうです。ただやはり、まだまだマイコン制御で火力を抑えるモデルが大半だったので、“吹きこぼし”の技術を発展させていったのは、三菱電機だけだったとのこと。

▼“激沸騰”を起こすIHジャー炊飯器「本炭釜 NJ-WS」/2006(平成18)年発売

「2006年3月に、炭製の内釜を採用したモデル『本炭釜』を販売しました。業界初となる10万円クラスの商品です。当時、炊飯器の価格は4万9800円くらいが上限でしたが、本炭釜は非常に評価が高く、高価な価格設定にもかかわらず売れました。色も“漆黒”と“白金”という名前をつけ、高級感と和のイメージを打ち出しています。ちなみに、内釜にはレーザー加工でシリアルナンバーが入っていたのですが、これも業界初の試みでした」

10万円と高価だったため、商談では本当に苦労したとのこと。しかし「試食していただくと、その味に納得してもらえたんです」と、飯田さんは当時を振り返る

「正直、高価なのには理由があります。例えば、炭釜の素材、材料をつくるだけで、約100日もかかるんですね。

簡単に製造工程を説明すると、30日間は1250℃の温度で醸成。それを2回繰り返すことで、計60日間。さらに、純度を高めるために不純物を取り除きます。結局、99.9%の炭にするために、30日間3000℃の温度で結晶化させるんです。つまりこれだけで、計90日間も費やすことになるのです」

90日間の製造工程、すごいです…。確かに、高価になる理由も分かります。しかし、そこまで“炭”にこだわる理由とは、一体なぜなのでしょうか。

「炭という素材は、IH加熱と非常に相性がいいんですよ。ご飯を炊く際、釜の中に水を入れますよね。その水が触れている内釜の内面までIHが直接温められるのは、炭釜だけなんです。鉄やステンレスといった他の素材でできた釜では、IHを使っても表面しか熱くすることができません。釜の外側が熱くなり、その熱を伝えることで釜の内側が温まるので、“直”に温めているわけじゃないんです。

でも、炭なら磁力線が中まで浸透してくれるので、釜全体が発熱します。だからIHとの相性がバッチリなんです。釜肌まで直に熱くなりますから、水が瞬時に気化します。そうすると、大きな泡が出てくる。ですから当時 “激沸騰”というネーミングを付けたのです」

■さらなる沸騰を求めて“蒸気レス”が誕生する!

▼蒸気レスIH「備長炭 炭炊釜 NJ-XS107J」/2016(平成28)年発売

2009年のデビューから、“連続沸騰”をコンセプトに改良を重ねている“蒸気レス”タイプ。結露などを防げることから、どこにでも置けると話題をさらいました。しかし、蒸気をセーブする商品はいろいろとありますが、蒸気が出ないよう沸騰点へ達する前に、火力を調整するタイプがほとんどです。

「三菱電機の蒸気レスは、先ほどお話した『あえて吹きこぼれを起こさせる』という考えの最たるものです。蒸気口があるから吹きこぼれが生じるわけで、それをなくし、逆に蒸気をボディに落とし込んで、水に戻してしまうのが、三菱電機の蒸気レス構造の考え方です。

水は、沸点まで達しないと泡が釜の底から上へ上がってきません。ということは、蒸気をセーブしてしまうと、ボコボコという蒸気の泡の発生自体も少なくなる、というわけです。三菱電機のものは、蒸気を抑えるのではなく、火力をどんどん上げて蒸気を出し、それを水に変えて“連続沸騰”させています」

ボディ前部のタンクに蒸気を戻すことで、水を循環させている

なんと、火力を調節して物理的に蒸気を出ないようにする蒸気セーブと、“連続沸騰”へのこだわりから生まれた蒸気レスは、まるっきり違うものだったんですね!

「三菱電機の連続沸騰というコンセプトは、長年、変わっていません。自然のままの1.0気圧で炊いて、お米の持っている組成をそのまま生かしてあげる。圧力をかけずにそれを実現するためには、どうすればいいのか? 三菱電機は連続沸騰という結論にたどり着いたわけです。美味しさを求めるには、連続沸騰が大事だと我々は考えています」

なるほど、これまでは「蒸気が出るのはイヤ」というユーザーニーズに応え、蒸気レス機能を搭載しているものだと勘違いしていました。でもそうではなく“ご飯の美味しさ” を追求した結果、蒸気レスになったんですね!

▼「本炭釜 KAMADO NJ-AW106」/2015(平成27)年

そして、昨年2015年に登場した新しい本炭釜シリーズでは、初めて“羽釜タイプ”の内釜を採用。丸型のボディを採用しており、より強い火力で沸騰させることができるようになりました。

▼「本炭釜 KAMADO NJ-AW107」2016(平成28年)年

戦前からカタチは変われど、ご飯の美味しさの追求という、不変のテーマを追求し続けてきた炊飯器の歴史。明日からは、ご飯を食べる時の心構えが変わりそうです。

>> 三菱電機「炊飯器」

(取材・文/&GP編集部 三宅隆、写真/下城英悟)