「真田丸」45話。ついに大坂冬の陣、あと5回(考えると辛いけど観たい!)

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NHK 大河ドラマ「真田丸」(作:三谷幸喜/毎週日曜 総合テレビ午後8時 BSプレミアム 午後6時)
11月12日放送 第45回「完封」 演出:田中正


幸村大活躍


源次郎め・・・あっぱれな戦いぶりよ。
日の本一の強者〜
真田左衛門佐〜 (上杉景勝)

10月期の連ドラ「ドクターX〜外科医・大門未知子〜」に「Chef〜三ツ星の給食」と出まくっている遠藤憲一演じる景勝の武者震いが、一歩間違えたら笑いになりそうなところ土俵際ギリギリ踏ん張って感動にうっちゃるという凄技だった。
それだけの戦いを、幸村(堺雅人)が見せてくれたのだ。
大坂冬の陣、攻めてくる徳川軍(前田、井伊)を真田丸で迎え討つ。赤備えに身をつつみ、指揮をしながら、自ら前線に立ち、馬に乗るは、剣(槍?)を振るうは、息子大助が父譲りの「高砂」(13話とのリンク)を舞うは、で大暴れ。情報を漏らしている存在に気づいて巧みに手を打ったのもさすが。

これまで、本能寺の変も関ヶ原の戦いも伝聞形式でしか描かず、「真田丸」は合戦シーンをすべて台詞で見せる気ではないかと気をもんだが、すべては大坂の陣のために予算もエネルギーもとっておく作戦だったようだ。
視聴者はたまりにたまった合戦シーンへの渇望と、44回の逆転オープニングの興奮の余韻が重なって興奮のるつぼに。

我々の気持ちをみごとに代弁してくれた遠藤憲一は、あの画面の感じからすると合戦のロケには参加せず、別撮りしていると思うが、あれだけの臨場感を出せるとは優れた俳優は本当にすごい。
家康(内野聖陽)の意地悪によって、真田を攻めることになって(信之の息子たちも攻めに出されている。勝敗かかっているから仕方ないとはいえ家康非道い・・・)引き裂かれそうな景勝の心もちも痛いほど伝わってきた。


優れた演技といえば、幸村。彼もまた強者の演技をし続けた。
最後に、「実はかような大戦 わたしもはじめてなのじゃ。心の臓が口から飛び出そうであった」と告白し、
「はー」とため息をつく。主役のため息で終わる大河ドラマってあっただろうか。

かっこいい岡本健一


豊臣勢が大活躍した回だったが、とりわけ毛利勝永(岡本健一)にしびれた。
岡本がジャニーズ事務所に所属するため、ウェブでは写真が使えないが、それでも彼について書きたい。
攻めてくる敵に、砦の上から石を落とそうとして、かんぬきが壊れて開かず難儀しているところ、銃を打って鍵を外す。かっけー。
戦場を生きる武士役に岡本健一が似合うのは、おそらくいくつものシェイクスピア劇を経験しているからだろう。以前この毎週レビューに書いたが、「真田丸」の時代とシェイクスピアが戯曲を発表していた時期は近い。大坂冬の陣は1614年で、シェイクスピアが生まれたのは1564年、引退したのは1613年、死んだのは1616年。50代だった。やっぱり人間50年〜。そして幸村より3歳上。
岡本健一は中世イングランドで権力争いに身を投じる武将を何人も演じている。「リチャード三世」では、王の座を得るために奸計を尽しまくる稀代の悪。身体に大きな障害をもちながらも頭脳プレーで人を蹴落としまくるダークヒーローを華麗に演じた。イギリスの大河ドラマのような存在の歴史劇「ヘンリー四世」では、王位を争う熱血漢の騎士を。国は違えども戦場で生きるそれなりに位の高い人物をやり慣れているので、現代劇とは違うスケール感が出せるのだ。それは、織田信長を演じた、日本のシェイクスピア俳優である吉田鋼太郎にも言えることだし、大野治長を演じる今井朋彦も、歴史劇「ヘンリー六世」で皇太子エドワードを知性的かつノーブルに演じていた。家康の内野聖陽はロマンス劇「ペリクリーズ」のタイトルロール(タイトルになってる役)で、血気盛んな若い王子が運命に翻弄されながら年齢を重ねていくありさまを全身全霊で演じていた。2017年には「ハムレット」でこれまたタイトルロールを演じる。ハムレットは苦悩するデンマークの王子だ。「真田丸」が理系の頭脳戦でありながら骨太さを失わないのは俳優たちの経験が相当ものを言っている。


今回のひっくり返し


押し寄せてくる大軍にビビる木村重成(白石隼也)に幸村は「敵をひとつの塊と思ってはならぬ(ちょっと間)しょせん人の集まりじゃ」と言う。
38話の昌幸(草刈正雄)の感動的な台詞「軍勢をひとつの塊と思うな。ひとりひとりが生きておる。ひとりひとりが想いをもっておる。それをゆめゆめ忘れるな」をひっくり返して、ひとりひとり考え方がバラバラだから、団結して大きな力になんかなかなかならないというような解釈にしてしまった。物は言いようなのは、父ゆずりの調子の良さだ。
これ、その前に織田有楽斎(井上順)が、兄・信長の言葉として「心が弱気になっておるとどんな敵も大軍に見える」を挙げたことにつながっている。この話を聞いたからこそ、そう思わないような強気になる暗示をかけたのだろう。重成にもおそらく自分にも。幸村の考え方を生きていくうえで見習いたいものだ。

こんな感じで、幸村の作戦はなにもかもうまくいって、勝ち鬨をあげるわけだが、みんなの晴れやかな笑顔を見ながら、ここが最高潮であって、あとは下っていくばかりかと思うと辛い。あと5回あるうち、どういうふうにドラマを描くか、期待はいやがおうにも膨らむのだった。


(木俣冬)