トランプ次期米国大統領と握手を交わす安倍総理(「首相官邸 HP」より)

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 11月8日、米国大統領選挙で大方の予想を裏切りドナルド・トランプ氏が当選した。日本時間で9日に開票が進むなか、トランプ氏の優勢が伝わると一時、ドルが円などに対して売られ、米金利が大きく低下するなどリスクオフが進んだ。これは当初投資家たちが描いていた“まさかのトランプ大統領誕生時”のシナリオどおりだった。

 ところが、欧州時間で9日以降、金融市場の動向は一変した。株式や為替などの市場は、トランプ次期大統領による財政出動を用いた公共投資や大型減税などの経済対策を期待して、リスクオンに傾いた。世界の主要株式市場が商いを伴って上昇する一方、為替市場では米国の金利上昇を背景にドルが買い込まれる展開となった。

 米国株式市場では、大型株、小型株ともに上昇し、11月16日、円相場は1ドル109円台後半を回復した。これは6月上旬以来の水準で、投資家の多くは強気心理を反映してリスクオンに動いたとみられる。当面、こうした動きが続くのだろうが、冷静にトランプ氏の経済政策の内容を考えると、足元のトランプブームが長期間続くとは考えにくい。

●トランプ氏の経済政策
 
 トランプ氏の経済政策は、明確にプラスとマイナスに分けることができる。トランプ氏は、財政支出を増やしてインフラ投資を進めることを重視している。また、過去最大級の減税を行うと主張し、富裕層への減税措置、法人税率の引き下げを通して消費や投資を増加させようと考えている。2008年のリーマンショック後に強化されてきた金融規制を緩和し、金融機関や市場の活力を高めることも重視している。

 このなかで市場の注目が高いのが財政出動だ。トランプ氏は90年代の日本のように、公共工事などを増やすことで国内の需要を高めようとしている。確かに、インフラ整備はセメントなどの建材や建機への需要につながり、ある程度、景気を支えることが想定される。先進国を中心に、金融緩和をもってしても景気が上向かない状況が続いてきただけに、経済大国である米国が財政出動を重視すれば、世界経済全体にもそれなりの恩恵が及ぶはずだ。

 一方、懸念されるのが米国財政の悪化だ。トランプ氏はインフラ投資を強調しはするものの、財源をどう確保するかは説明してこなかった。減税を進めると同時に財政支出を増やせば、着実に米国の財政赤字は増える。状況次第では債務上限の引き上げなど、議会との交渉も必要になるだろう。そうなったとき、政治経験が乏しく、共和党指導部との関係にも不安な点が多いトランプ氏が、各方面の利害を調整できるとは考えづらい。

 また、米国が自国のことを第一に考え、保護主義的な通商政策を重視することへの懸念もある。トランプ氏はNAFTA(北米自由貿易協定)だけでなくTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)にも批判的だ。それは、米国からの輸出を増やすのはいいが、中国や日本などからの輸入はシャットアウトし、国内産業を守ろうとする発想にほかならない。

 本当に米国が保護主義に傾倒し始めると、世界の貿易量は減少し、経済活動も低迷する可能性がある。その場合、米国の自動車メーカーがメキシコで生産する自動車、アップルが中国で生産するiPhone等の取り扱いはどうなるのだろう。プラスの側面以上に、トランプ氏の政策には不確実性、矛盾点が多いように思えてならない。

●オールドエコノミーへの回帰
 
 大統領選挙後の米国株式市場の動きをみると、大型株よりも流動性や経営の安定面で相対的にリスクが高いといわれる小型株までもが選好され、投資家のリスク許容度は高まっている。業種別に株価の動向をみると、金融規制改革法(ドッド・フランク法)の廃止期待から金融銘柄が買われている。そして、インフラ投資への期待を反映して建設機械などの資本財、鉄鋼や銅など素材関連の株価が上昇している。また、陸運や航空貨物など、輸送関連の銘柄も上昇している。

 こうした動きから連想されるのは、トランプ氏の政策が重化学工業などを中心とする“重厚長大”な産業の復活を目指しているということだ。遊説最終日、かつては鉄鋼の街として栄え、その後、衰退してきたペンシルベニア州スクラントンでトランプ氏が演説したように、同氏はオールドエコノミーへの回帰を重視している。その考えが、雇用機会を失ってきた労働者などの共感・支持を取り付け、大統領当選の支えとなったのは確かだろう。

 一方で、株式市場全体が上昇するなかでもIT関連の銘柄には軟調なものが目立つ。ハイテク関連銘柄の多いナスダック総合指数はS&P500指数に比べて伸び悩んでいる。この背景には、トランプ氏の政策がさらなる技術革新(イノベーション=創造的破壊)につながるとは考えづらいことがある。

 1990年代以降の米国経済の成長は、重厚長大な産業ではなく、情報技術の革新によって支えられてきた。インターネット技術の進歩、高速通信網の整備、スマートフォンの登場が需要を創造し、生産性を高め、効率的な付加価値の創造を可能にした。

 今後も人工知能(AI)やモノのインターネット化(IoT)などが、産業界に革新をもたらすとの期待は強い。そうした技術の進歩が、自動車の自動運転技術の実用化など、これまでにはなかった需要を生み出し、経済成長を支えていくはずだ。経済政策が伝統的な産業のサポートに向かうと、技術の革新が進みづらくなる恐れがある。それでは長期的な視点で米国の潜在成長率を引き上げることは難しい。

●楽観できないトランプ相場の行方
 
 ひとまず、大統領選挙後の株式市場は堅調に推移し、それがドルの上昇を支えているようにみえる。一方、財政支出が国債の増発につながるとの見方を反映して、米国の金利(米国債の流通利回り)は上昇している。また、財政政策への期待が高まるにつれて、市場では米国のインフレ率が上昇するとの見方も出ている。それを反映して利上げ予想も上昇している。

 金利上昇は、米国経済を支えてきた個人消費の足かせになる可能性がある。特に、自動車、住宅市場の動向には注意が必要だ。8〜10月、3カ月続けて米国の新車販売台数は前年同月比マイナスであり、消費下振れ懸念は高まっている。金利上昇を受けて米国の不動産投資信託(REIT)の価格も下落している。徐々にこうした動きが米国経済の先行き不透明感を高める可能性はある。それは、足元の株高、ドル高の修正につながるだろう。

 そうした懸念を抑えるために、トランプ氏は実現可能な政策を進めつつ、有権者の支持をつなぎ留めていかなければならない。それは容易なことではないだろう。上下両院で過半数を抑えた共和党は、伝統的に小さな政府を志向している。一方、トランプ氏は財政出動を重視するなど大きな政府の考えを持っている。政治経験に乏しいトランプ氏が、どのように議会、世論、そして国際社会からの信頼を得ていくことができるかは不透明だ。

 選挙戦のなかでも、トランプ氏の発言には一貫性がなく、前言撤回が続いてきた。大統領就任が決まった以上、これまでのような思慮のない暴言を続けることはできない。もし、次期大統領が世論の支持を取り付けようとして大言壮語を続けるなら、議会の関係がぎくしゃくするだけでなく、支持率も急速に低下するだろう。

 その場合、金融市場では米国の政治・経済への不透明感や不安が漂い始め、ドル安、株安などリスクオフが進みやすい。大統領選の投開票前、多くの投資家はそうしたリスクシナリオを警戒していたはずだ。足元の市場動向をみる限り、そうした懸念はなかったかのような雰囲気も感じられる。今一度、トランプ氏が目指す政策、そのリスクを確認する必要がある。
(文=真壁昭夫/信州大学経法学部教授)