「ライン、いいよぉ!」

 スキップの藤澤五月の放ったラストストーンに対して、サードの吉田知那美がそうコールした。

 パシフィック・アジア・カーリング選手権(11月5日〜12日/韓国・義城)予選リーグの中国戦、日本女子代表のロコ・ソラーレ北見(以下、LS北見)が1点リードで迎えた最終第10エンドのこと。ハウス内には中国の黄色いストーンがふたつあるが、いずれも中心からは遠く、藤澤はラストショットをハウスの中央付近に止めればよかった。彼女のデリバリー技術と、日本屈指のLS北見のスイープ力があれば、さほど難しくないショットだ。

 スイーパーの鈴木夕湖と吉田夕梨花も、吉田知のコールに従ってブラシを掃く手を止めて、藤澤が放ったストーンの行方を見守る。赤いストーンは、ハウス左から悠然とインターンを描いて中心に向かっていく。ラインも、ウエイトも問題なく、LS北見はさらに1点を追加し、このまま勝利を飾って無敗で予選最終日に臨むはず、だった。

 ところが、ストーンがちょうどシート中央を通過したあたりで、鈴木と吉田夕が猛然とブラシを掃き始めた。藤澤も、吉田も「ヤップ、ヤーップ」と声を張り上げて、スイーパーふたりに氷上のラインを掃くよう指示を送った。

 突然、藤澤の放ったストーンの回転と軌道が変わったのだ。

 デリケートな氷上のスポーツであるカーリングでは、時折見られるアクシデントだ。アイスの上に落ちた小さなゴミや髪の毛などの上をストーンが通過すると、その軌道は大きくズレる。このLS北見のラストショットもゴミを噛んでしまったようで、結局ストーンはショートし、ハウスまで届かなかった。中国に2点をスティールされて、LS北見は逆転負けを喫した。

 この1敗が響いて、LS北見は6勝1敗という1位タイの勝ち星を挙げながら、DSC(※)の結果によって3位で決勝トーナメントに進むこととなり、準決勝で再び中国に敗れた。1位で通過していれば、準決勝では4位通過のニュージーランドとの対戦だった。そうすれば、おそらく違った結果になっていただろう。
※カーリングではゲーム前、練習の最後に両チームの代表選手がドローショットを投げて、そのショットがハウスの中心から近いほうが、先攻・後攻を選択できる。それを「ラストストーン・ドローズ=LSD」と言う。そして、例えば予選リーグで勝ち星が並んだ場合、そのLSDのリーグ戦における平均数値によって順位を決める。それを「DSC=ドローショット・チャレンジ」と言う。なお、LSDの平均数値が低いほうが上位となる。

 3位決定戦では、そのニュージーランドに10−3と圧勝。きっちり銅メダルは獲得したが、来年3月に行なわれる世界選手権(中国・北京)の出場権は得られなかった。幸い、今春の世界選手権でLS北見が2位となって、日本女子の平昌五輪の出場は確実視されているが、五輪の前に世界レベルの戦いを経験できないことは、最終的にLS北見が、もしくは別のチームが日本代表になったとしても、日本にとって決して小さくない痛手である。

 見逃せないのは、やはり世界選手権出場を逃す遠因となった、予選リーグ・中国戦でのアクシデントだ。中国のスキップ・王氷玉が満面の笑みで「ラッキーだった」と言い、LS北見の藤澤は少し目を赤くして「バッド・ラック」と語ったが、単なる運・不運で片付けてしまっていいのだろうか。

 もちろん、ゴミが落ちていたことは、このうえない不運だ。しかし、スイーパーには次に投げるショットのライン上を、あらかじめブラシでクリーンにしておいて、そのようなアクシデントに備える役割がある。ましてや、勝負を決めるラストショットとなれば、その任務は重要になってくる。

 このショットの前、鈴木と吉田夕は確かにその仕事をまっとうしていた。だが、それでもゴミを噛んでしまったということは、厳しい言い方になるが、結果としては「不十分だった」としか言いようがない。

 しばらく使っていないラインの場合、特に念入りにクリーンナップする必要があった。そのことを、ストーンを投げる藤澤も、それをハウス内で待つ吉田知も、チームとして共有し、再度確認してもよかっただろう。

 コーチボックスでフィフスとして試合を見守っていた本橋麻里は、「アンラッキーではあったけど......」と前置きしたうえで、「チームのミスです」と断言した。序盤の劣勢を跳ね返し、最終エンドでは優位な状況を作って放ったラストストーンだっただけに、あまりにももったいない"必然の不運"だった。

 本橋はLS北見を結成して以来、「挑戦者」という言葉を言い続けてきた。それは、日本選手権で優勝し、日本代表の地位に就いて、世界選手権で銀メダルを獲得する快挙を遂げた今でも変わらない。主将として、「若いチームなので、経験を積ませたい」「原点を忘れずに、楽しんでカーリングをしたい」という気持ちの表れでもあるだろう。

 今大会終了後も、本橋は「(これからも)挑戦者の意識で」とコメントした。チーム青森という当時日本屈指の恵まれた環境から離れて、現チームの立ち上げはまさにゼロからのスタートだった。当初はなかなか結果も出なかった。それでも、自身の道とチームのポテンシャルを信じ続けてきた彼女の、変わらぬ姿勢を表した言葉でもある。

 そんな本橋の姿勢、「挑戦者」としての心構えについて、何ら否定するつもりはないが、もはやLS北見は、新設チームでも、今後を期待される集団でもない。日本代表チームであり、世界でもトップクラスの強豪と認識されつつあるチームだ。

 そうした位置に立てば、責任も、プレッシャーもつきまとう。世界トップクラスのチームであることを自覚し、それを受け止めたうえで、世界と互角に戦った経験を強さに変えて、強者のメンタリティーというものをそろそろ備えていい時期に来ているのではないか。

 今回、未然に防げたかもしれない"不運"によって、世界選手権出場を逃した。前述したとおり、その授業料はかなり高くついた。

「次のピークは日本選手権(2017年1月29日〜2月5日/長野県・軽井沢)」――これは、チーム共通の認識だ。そこは、平昌五輪の代表権をかけた国内選考の舞台となる。昨年の女王であるLS北見が連覇を達成すれば、どの競技にも先駆けて平昌五輪の日本代表に内定する。

 その五輪の代表権をかけたゲームで、あるいは五輪でのメダルがかかった大一番で、決して同じ過ちを繰り返してはならない。今回の苦い経験を糧に、LS北見がより強いチームに変貌していることを期待したい。

竹田聡一郎●取材・文 text&photo by Takeda Soichiro