タイのサッカーの聖地「ラジャマンガラスタジアム」。喪に服しているため応援や応援道具の持ち込みは禁止された。

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 2016年10月13日、現地時間の午後7時、タイ国内に衝撃が走った。プミポン・アドゥンヤデート国王陛下(ラーマ9世)崩御のニュースが公式に伝えられたのだ。18歳の若さで即位されてから70年、国の秩序を守り、国民の心の拠り所であり続けた偉大な「タイ王国の父」であった。
 
 それから1か月が過ぎた11月15日、ワールドカップ・アジア最終予選を戦うタイ王国代表チームは、オーストラリア代表をホームに迎え、無事“予定通り”に試合が行なわれた。
 
 というのも、当初タイサッカー協会(以下、FAT)は、国全体が喪に服していることを考慮して、来年9月に予定されているオーストラリアのホームゲームとの入れ替えや中立国での開催を国際サッカー連盟(FIFA)とアジアサッカー連盟(AFC)に要請していたのだが、オーストラリアサッカー連盟(以下、FFA)がこれを強く拒否。一時無観客試合で行なうことも考慮されたものの、亡き国王陛下へ弔意を表わす形を取り、派手な服装や応援道具持ち込みを禁止、またスタジアム内外での応援行為自粛という条件付きで開催を決定し、国内で予定通りに行なうことで落ち着いたのだった。これが試合開催に至るまでの大まかな経緯である。
 
 そして私は、この「前例なき歴史的一戦」をどうしても現場で体感したく、タイサッカーの聖地「ラジャマンガラ」へと足を運んだ。
 
 スタジアムへはキックオフの2時間前に到着した。平日開催だからだろうか、ファンの入りはまばらで、出足が芳しくないように感じた。9月に同じ場所で行なわれた日本代表戦も取材で訪れているのだが、今日と同じ「火曜日開催」であったものの、キックオフ3時間前には多くのファンがスタジアム周辺を占拠し、発煙筒が焚かれ、殺伐とした雰囲気だった。
 
 この日はまるで休日の公園のような静かで穏やかな空気が流れていた。またキックオフ 1時間30分前には場内を歩いてみたのだが、皆が試合を楽しみにしている気持ちを各々で自制している空気を感じ感じずにはいられなかった。
 
 キックオフ1時間前、タイ王国代表は綺麗に列を成してピッチに現われた。そしてウォームアップ開始前にピッチ上で、ラーマ9世を意味するタイ数字「9」を人文字で作り、亡き国王陛下へ敬意を表した。だが、落ち着いた音楽と合わさった心に響く演出に、多くのファンが感傷的になり、涙していた者も少なくなかった。そして日本人である筆者までもが感動させられ、試合が始まる前にもかかわらず、これを見られただけでも足を運んで良かったと素直に感じる程、素晴らしい演出だった。
 
 キックオフ10分前、両チームの選手が入場する。タイは通常通りの青いホームシャツ、左腕には黒いバンドを付けて、またスタッフ陣は全身黒ずくめの装いである。試合前日の公式記者会見で、オーストラリアのポステコグルー監督は、同国記者の「故プミポン国王へ敬意を払い、特別ユニホーム等の用意はあるのか?」との質問に対して、「特別な準備はないが、心の中ではお悔やみ申している」とコメントしていたのだが、彼らもタイ同様に、左腕に喪章を付けて入場してきた。
 
 ラジャマンガラ競技場の49,749人収容に対して、この日の公式入場者数は36,534人。7割強といったところだ。レプリカユニホームの青と黒いシャツが半々くらいだろうか、華やかさはまったくない。その影響でサッカールーズイエローがやたらと映えて見えた。
 
 試合は、定刻の19:00にキックオフ。気になる日本対サウジアラビアの試合は、すでに75分を過ぎようとしていた。ストリーミングTVで埼玉の試合を見ながらのダブル観戦。横に座る恰幅の良い豪メディアに「日本はどうなっているんだ?」と再三再四ハイプレスを受けながら。