慶應義塾大学文学部心理学准教授の川畑秀明氏g

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好評のAging Styleとグッドデザイン賞によるコラボレーショントークイベント「Aging Style × GOOD DESIGNトーク」が、東京丸の内のGOOD DESIGN Marunouchiで開催された。4回目となる今回のテーマは「五感と空間 美の認知とデザイン」。感性心理学、認知神経科学分野の研究で知られる、慶應義塾大学文学部心理学准教授の川畑秀明氏と、照明デザイナーとして多くのランドマークの空間デザインを手掛ける武石正宣氏という、異なる形で「美」に迫ろうとする2人によるトークセッションとなった。

脳から美を科学的に分析する

川畑氏は、美を科学的に捉えるために、脳の反応を手掛かりとして、人間が芸術や他者に対してどのように「美しさ」や魅力を感じているか、というユニークな研究をおこなっている。

きわめて主観的な感覚でもある「美」が、脳の中でどのようなプロセスを経て取り扱われているかを分析、理解することで、美そのものも科学的に解明できるのではないか。つまり、美を脳から理解するというわけだ。

その方法のひとつが、芸術作品を見ている人の脳をMRIで検査する手法だ。脳のどの部位が反応をしているかを解析すると、「美しい」と感じたときは「眼窩前頭皮質」が、「醜い」場合は、「運動野」が強く活動しているという。

眼窩前頭皮質はおいしいものを食べたときや、金銭を受け取ったときに働く報酬系の一部で、運動野は体を動かすことに関係する部分だ。つまり、脳にとって「美」とはご褒美であり、醜いものからは遠ざかりたい、払いのけたいと感じていると推測できる。

しかし、美しさや醜さは両極にあるわけではない。川畑氏らがおこなった脳へ電気刺激を与え、美醜の反応を分析する研究では、眼窩前頭皮質の活動を抑制するように刺激を受けた脳が「美しさ」だけを感じにくくなることがわかっている。

「脳の反応から、美醜は共存していることが確認できます。フランシス・ベーコンやルシアン・フロイドらの絵のような、美と醜さを同時に感じさせる芸術が存在する理由も理解できるかもしれません」(川畑氏)

しかし、美が生じるプロセスにはまだまだ謎も多い。視覚や聴覚、触覚、嗅覚といった感覚器官からの情報に加え、文化的背景なども複合的に影響して美が生じるが、これらの情報が脳で結びついて、「美しさ」を構成しているのか、「視覚的な美」や「触覚的な美」といった個々の美が脳で統合されて「美しさ」となっているのかは、まだわかっていない。

我々が当たり当たり前のよう感じている美しい、醜いという感覚は、思った以上に複雑なようだ。

「間」に光をあてる照明デザインを

一方の武石氏は、いわば我々が感じる「美しさ」を作り出す側だといえるが、武石氏自身は「照明のデザインというのは、他のデザインに比べてもわかりにくい」という。そんな武石氏が自身のデザインのポイントとして挙げるのが、「空間」「人間」「時間」の3つの「間」だ。

「白黒をはっきりさせない「間」(あいだ、ま)というものにこそ意味があると考え、デザインでは常にそのことを意識しています」(武石氏)

空間は文字通りスペースのことで、人間とは人と人の間にいること。どちらも照明が存在しうる上で大切なものだが、武石氏が特に重視するのは時間だ。

基本的に芸術作品はある一瞬を切り取るものが多いが、照明は昼から夕方へ、夜から朝へ、といった変化する時間の中で、どのように存在するかが考慮されていなければいけない。

「人間の目は高性能で、10万ルクス近くある夏の砂浜も、数ルクスしかない月夜でも、物を認識することができます。ただし、照度の差が大きいので。夕方に人間の目はレンジを切り替えています。時間によって見え方が変わるということを、照明は特に考えなければいけません」(武石氏)

ただし、それだけで理路整然と照明がデザインできるわけではないと武石氏は言う。照明の場合、建築家の考えはどうか、照明で利用できるテクノロジーはなにか、場所はどこで完成予定はいつまでか、想定されているコスト、クライアントの希望など、無数の要素が存在する。どれかひとつが欠けてしまうと、照明デザインは破たんしてしまう。

「デザイナーは『コンセプト』という言葉をよく使い、論理的に道筋を立ててデザインの正しさを導き出そうとします。ですが、さまざまな要素をパラレルに考えるのがデザインというものではないでしょうか」(武石氏)

照明は人間の認識に大きな影響を与える

トークセッションで川畑氏が指摘したのは、照明デザインならではの美だ。例えば、照明は空間や人間を照らし出すという機能が前提になっているので、誰しも文化などに関係なく体験できる。一方で、茶道で用いる茶碗の評価については文化差の影響が大きく、初めて和食や茶碗に触れる外国人が、すんなりと「美しい」と考えるのは難しい。機能や意味が共有、理解されて初めて「美しい」となるからだ。

「我々の脳は曖昧さを解決しようとします。視覚的な情報が少ない場合、それを補うために聴覚や触覚の情報をより使うようになる。照明で明暗の変化をつけることで、視覚以外の他の感覚からも、美しさが受ける影響は大きいでしょう」(川畑氏)

「視覚で説明されることは重要だが、し過ぎることはダメだと、照明デザイナーとしてはいつも考えている。美術館や博物館などは照明に明暗によって興味を持続させようとしている好例では。説明だけでは時間がもたない」(武石氏)

実際に、美の感じ方は時間と共に変化する、「博物館疲労」という現象が確認されている。絵画などをただ見ているだけでは、いくつか絵画をみたところで、ひとつの作品に対する鑑賞時間が少なくなってしまうというもので、動物園や水族館でも確認されている。

人間は何かに持続して注意を向け続けるのは難しく、変化をつけないと人が飽きてしまうのだ。変化の付け方として、照明の可能性はとても大きい。さらに川畑氏は印象そのものの変化も、照明でできるのではないかと指摘する。

「感覚情報が強いほど、印象や美的な感じが強いとは限りません。その場の臨場感は強くても、記憶に残らない。少しだけどちらかの感覚を弱める方が印象に残りやすいこともある。注意を向けたい方だけ強めてもう一方は弱める、といった役割を照明が果たせるのではないでしょうか」(川畑氏)

武石氏も、滞在時間が長い高級なレストランなどは照明が暗いという例を紹介した。
「ただ食べるだけでなく、体験や会話を楽しみに来る。つまり、明るいと料理を説明しすぎて、それ以外のことが楽しめません。その逆に、時間の概念がないコンビニなどはとても明るく設定されていますね」(武石氏)

このほかに、赤い肌は紅潮して見え、黄色は栄養がいきわたって見えるので、健康的に見える照明も今後提案されていくのでは、という意見も出された。

医師・専門家が監修 医療・健康・美容情報サイト「Aging Style」

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