『アルバート、故郷に帰る―両親と1匹のワニがぼくに教えてくれた、大切なこと (ハーパーコリンズ・フィクション)』ホーマー・ヒッカム ハーパーコリンズ・ ジャパン

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 世にロードムービー・ロードノベルは数々あれど、旅のお供がワニという作品はなかなかないのではないだろうか。旅の始まりは、ホーマーが"アルバートに食べられそうになった"と主張し、「ぼくかワニか、どっちかを選んでくれ」とエルシーに迫ったことだった。ホーマーは夫、エルシーは妻、アルバートは彼らの家で飼われているワニだ。さらに補足すると、ホーマーとエルシーは本書の著者であるホーマー・ヒッカムの両親(父子で名前が同じでややこしい)、アルバートはかつてエルシーが思いを寄せていたバディ・イブセン(現在は俳優。ディズニー〈デイヴィ・クロケット〉シリーズで、主人公デイヴィの仲間役のジョージ・ラッセルを演じていた)からの結婚祝いなのだ。

 本書はアルバートを故郷のフロリダ州オーランドに帰してやろうとする物語。旅の終わりにはほんとうにアルバートとの別れが待っているのか。どんどんかわいく思えてくるアルバートにもう会えなくなるかも、という気がかりは読者の心で雪だるま式に大きくなっていく。ここでアルバートの行く末を明かすようなまねはしないが、小学生の頃アニメーション「あらいぐまラスカル」の最終回を観たとき以来の感動と涙に見舞われたことだけ記しておこう。

 ホーマーとエルシーは倦怠期ぎみの夫婦。時は1935年、ウェストヴァージニア州コールウッドに住むホーマーは鉱夫として生計を立てていた。炭鉱の町の生活は危険でつらい。仕事中の事故死は日常茶飯事。空気には常に煤が混じり、掃除しても掃除してもきれいになることはない。病気も定期的に流行るため、多くの子どもたちの命が失われていく。ホーマーは自分の仕事に誇りを持っていたが、エルシーは耐えられなかった。彼女は若い頃フロリダで暮らしたことがあり(バディに出会ったのもそのとき)、その当時の楽しかった思い出を忘れられなかったのだろう(そうはいっても、私はホーマーに対してエルシーが冷たすぎるんじゃないかと思うが。こんなできた夫で不満なら、どんな相手なら満足するんだ?)。

 エルシーが切望するオーランド行きについて、ホーマーは尊敬する炭鉱の"キャプテン"のウィリアム・レアードに相談することにした。人格者のキャプテンは、ホーマーに2週間の休暇と旅行費用100ドルの貸与を約束した。これは宿命(キスメット)だから行って来いと。かくして彼らは出発した。本欄は「今週はこれを読め!」というコーナーの【エンタメ編】と銘打たれているが、確かに本書にはエンターテインメントの要素がすべて詰まっているといえる。涙あり、笑いあり、ロマンスあり、冒険あり、ハプニングあり、すれ違いあり、あと私がいま思い出せていないものもきっとこの小説に盛り込まれているだろう。訳者の金原瑞人・西田佳子の両氏による「二十一世紀になって、これ以上おもしろい小説は書かれていないのではないか。そんなふうに思えてくる傑作だ」との大絶賛も、あながち大げさではないかもしれない。

 ホーマーとエルシー(とアルバートと雄鶏。雄鶏は最後までミステリアスな存在だった)が旅をした時点では、ホーマー(息子)はまだこの世に存在していなかった。それでもこの作品は確かに家族の物語である。父と母が語ったエピソードの数々は、ホーマー(息子)の心に深く染み渡り、両親への愛情を育てた。著者のホーマー(息子)氏は、自叙伝『ロケットボーイズ』(草思社)が映画化され(映画は『遠い空の向こうに』という題名。ちなみに映画原題のOctober Skyは、原作の題名Rocket Boysのアナグラムだそうだ。しゃれてる)、NYタイムズ紙のベストセラーリストで1位も獲得した。『アルバート、故郷へ帰る』については「フィクションとノンフィクションを混ぜ合わせたもの」と語られているが、いったいその割合はどれくらいなのか? 例えばアメリカを代表する作家であるHとSのどちらにも会ったのがほんとうだったなんていったら"驚愕の事実"程度の言葉でも足りないくらいだが、愛情深い息子にとってはある意味ですべてが真実であるのだろう。両親の口から語られた言葉が、この世から彼らが去った後もいつまでもホーマー(息子)の心を温め続けているのだ。私も自分の息子たちにそんな何かを伝えることができたらいいなと思わずにはいられない。

(松井ゆかり)