ドラマでは犯人のウソを見破るツールとして使われている微表情だが、それだけで判断するものではないという

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 書店に所狭しと並ぶ「ウソを見抜く」系の書籍の多さを見ると、「他人のウソを見抜きたい」という私たちの強い願望が垣間見れる気がします。ウソを見抜く手段として、言葉使いに注目したり、表情やしぐさなどの非言語情報に注目したりと様々あります。近年、そこに「微表情からウソを見抜く」という項目が追加されはじめました。

 微表情とは、「抑制された感情が無意識のうちにフラッシュのごとく表れては消え去る微細な顔の動き」のことを言います。顔に表れている時間は、0.2秒ほどのため、訓練しない限り、意識的に見抜くことは出来ません。

 さてこの微表情、最初に発見されたのは1960年代と意外に古い歴史を持っています。自殺願望を胸の内に秘めながら「もう自殺など考えていない」とウソをついていた患者の一瞬の表情から発見されたのがきっかけです。

 当初、自殺防止の観点から始められた微表情研究ですが、犯罪容疑者の取り調べにも利用法が期待され、微表情とウソ検知との関連を探る研究が増大しました。2000年代の今日も、微表情からウソを検知するための研究は進歩の過程をたどっています(微表情からウソを自動検出するカメラまで開発されています)。

◆微表情のみからウソを即断してはいけない理由

 現在、微表情の知見は、交渉研究、マーケティング、ロボット工学、微表情を自動検知するカメラの開発と多岐にわたって研究・活用され始めていますが、微表情研究の多くが、ウソ検知のためであったり、テレビドラマの影響から、微表情がウソを見抜くためのツールだという認識が広がっています。

 確かに、ウソをついている人と正直な人の証言を比べると、ウソをついている人の顔には「恐怖」「軽蔑」「嫌悪」「罪悪感」「幸福」の微表情が表れる傾向があることがわかっています。また、微表情を読みとる能力とウソを読とる能力とには関係があることもいくつかの研究からわかっています。

 しかし、微表情という情報のみからウソの有無を即断することはオススメしません。微表情というのは、あくまでも抑制された感情の漏洩であり、ウソの証拠そのものではないのです。

 ウソをついている人がウソがばれるのではないかと「恐怖」する一方で、正直な人も冤罪の可能性を「恐怖」します。ウソをついている人が自分のアリバイは完璧だと捜査官を「軽蔑」する一方で、正直な人も自分を信用しない捜査官を「軽蔑」します。

◆一方、微表情から即座に見抜けるウソもある

 このように微表情の源である感情には様々な方向性=感情の原因があり、微表情をキャッチしたからといって、即座にその感情の原因がわかるわけではないのです。

 したがって、微表情をキャッチしたとしても、その人をウソつきと断定することは避けなくてはいけません。微表情をキャッチしたならば、「この人は、なぜ感情を抑制する必要があるのだろうか?」「この感情の源泉はどこなのだろうか?」と、一旦、立ち止まって注意深く考える必要があります。

 以上のようにウソを見抜く上で微表情をウソ検知に利用するには観察力と推論能力を合わせなくてはいけないのです。しかし、限定的にですが微表情のみから即座に見抜けるウソもあります。それは、感情に関わるウソです。

◆感情と言葉が一致しない場合は微表情で判断できる

 リアルな事例としては以下のようなものがあります。

「自信があります。」「任せて下さい。」と言いつつ、恐怖の微表情を浮かべる切羽詰まったビジネスマン。
「元気です。」「楽しいです。」と言いつつ、悲しみの微表情を浮かべる自殺願望者。
「不安です。」と言いつつ、幸福の微表情を浮かべる某隣人殺人犯。