【コラム】“ビッグ3”不在の攻撃陣をけん引した清武…“新司令塔”が奏でた新世代の鼓動

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 背番号13にボールが入り、前を向いた瞬間に、攻撃陣全体にスイッチが入る。4階の高さからピッチを見下ろせる埼玉スタジアム2002の記者席からは、トップ下のMF清武弘嗣(セビージャ/スペイン)を中心とした日本代表の鼓動が力強く、そして華麗に奏でられていることがはっきりと伝わってきた。

 サウジアラビア代表と対峙した15日の2018 FIFA ワールドカップ ロシア アジア最終予選第5節。キックオフ前の時点で、勝ち点10でグループBの首位を走るサウジアラビア代表に対して、日本代表は同7の3位。勝てば勝ち点で並び、負ければその背中が大きく遠ざかる大一番で、清武はヴァイッド・ハリルホジッチ監督からトップ下を託された。

 今回のアジア最終予選では、10月6日に行われた第3節イラク代表戦に続くトップ下での先発。しかし、前線に配置されたメンバーは左ウイングのMF原口元気(ヘルタ・ベルリン/ドイツ)以外は大きく変わっていた。

 1トップはFW岡崎慎司(レスター/イングランド)ではなく、約1年5カ月ぶりの代表戦となった11日の「キリンチャレンジカップ 2016」オマーン代表戦で2ゴールを挙げたFW大迫勇也(ケルン/ドイツ)。そして右ウイングにはFW本田圭佑(ミラン/イタリア)ではなく、代表2戦目となるFW久保裕也(ヤング・ボーイズ/スイス)が抜てきされた。

 清武自身がトップ下のポジションを奪った形となるMF香川真司(ドルトムント/ドイツ)を含め、2010年代の日本代表の攻撃陣をけん引してきた“ビッグ3”が誰一人としてキックオフのホイッスルをピッチで迎えていない。しかも、年齢を見れば清武とともにロンドン・オリンピック世代に名前を連ねる大迫は1990年、原口は1991年生まれで、久保に至っては1993年生まれの22歳。チーム事情から開幕直前で無念の代表辞退を強いられたものの、本来ならばエースとして今夏のリオデジャネイロ・オリンピックの舞台に立っていたはずのホープだ。

「正直、誰が先発で出るのか、今回はまったく分からなくて。監督もみんなに緊張感を持たせようとしていることがすごく伝わってきたし、今日は誰が出ても勝ち点3が必要だったし、本当に引き分けもいらないくらいだったので」

 試合前のミーティングで指揮官から告げられた先発メンバーを見た時、前線の4人の中では最年長となる1989年生まれで、オマーン戦翌日の12日に27回目の誕生日を迎えたばかりの清武は、自らの立ち位置をしっかり理解していた。自分が中心になって他の3人を引っ張っていこう、と。

 年代別の代表で何度もコンビを組み、A代表における長いブランクがあるにも関わらず、まさに“あうんの呼吸”で意思疎通が図れる大迫は、キックオフ直前に清武とこんなやり取りをしていたと打ち明ける。

「今日は俺らが頑張らないとダメだね、っていう話を2人でしていたので。ここでやらないとダメやろって。(ダメなら)俺らは終わりだから、みたいな感じで」

 先のイラク戦で、後半アディショナルタイムにMF山口蛍(セレッソ大阪)の劇的な勝ち越しゴールが決まった瞬間にも、本田、岡崎、香川はピッチの上にいなかった。本田はFW小林悠(川崎フロンターレ)、岡崎はFW浅野拓磨(シュトゥットガルト/ドイツ)との交代でベンチへ下がり、香川はベンチに座ったまま試合終了のホイッスルを聞いた。そうした状況でつかみ取った白星を、清武は「試されていたと思う」と神妙な表情とともに振り返っていた。

「常に3人が引っ張ってきたチームで、誰もいなくなった中で取れた1点というのは、チームを底上げする意味でもすごく大事だったと思う」

 そして、守備的な戦い方で1−1のドローに持ち込んだ、敵地メルボルンでの第4節オーストラリア代表戦を経て迎えたサウジアラビアとの大一番。試合開始から“ビッグ3”が不在という状況はまさに“追試”であり、弱肉強食のサッカーの世界においては一発回答が求められることを、清武をはじめとする全員が理解していた。