東大よ、お前もか! 「18歳人口」を奪い合う大学は見苦しい

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東京大学が来年度入学の女子学生に月3万円の家賃補助をすると発表した。女子学生の比率を高めようとの狙いなのか。18歳の取り合いに、最難関の東大まで参入したかっこうになる。

■2050年に大学進学率85%でないと大学はもたない

少子化の時代になり、経営危機に瀕する大学が増えているといいます。今となっては、私立大学の半分が定員割れしている状況です。

大学入学者の供給母体の18歳人口は、1992年では205万人でしたが、2016年現在では119万人です。2030年には101万人、さらに20年後の2050年には73万人にまで減少すると予測されています。

これに伴い、大学入学者も減ることが予想されますが、「進学率が高まれば何とかなるだろう。増加は見込めなくても、現状維持くらいは大丈夫だろう」と、楽観的な展望もあるかもしれません。

しかし、入学者数の現状維持というのも、なかなか難しいように思えます。今年(2016年)の大学入学者は61.8万人ですが、これを維持する場合、18歳人口ベースの進学率が何%にならないといけないかをシミュレートすると、表1のようになります。

2030年の18歳人口は100.8万人と見込まれています。よって現在の大学入学者数(61.8万人)を維持する場合、進学率は61.3%にならないといけません。2050年には18歳人口は72.5万人にまで萎みますので、現状維持に必要な進学率は85.2%にもなります。

うーん。今の大学進学率はちょうど半分くらいですが、6割、8割にまで高まることがあり得るか。同世代の8割が大学に行く……。ちょっと考えにくいですよね。現在のパイを維持するというのも、たやすいことではないように思います。

そもそも、大学進学率がこれ以上高まるかも怪しい。専門学校に行って実学を身につけたい、という生徒も増えているでしょう。また某記者さんに聞いた話によると、地方の進学校で公務員志望の生徒が多くなっているそうです。大卒枠よりも高卒枠は難易度が低いですからね。大卒学歴を隠して高卒枠で公務員になり、後でそれがバレて免職なんていうケースもよく聞きます。

■変化しなければ大学倒産は不可避

大学への見限りといいますか、大学進学率はそろそろ天井に達しているのではないか。同世代の半分が大学に行くというのが限界で、進学率はもう上がらないのではないか。こういう見方もあります。この場合、どういう事態になるか。大学進学率がもう上がらず、今の52.0%のままだとすると、大学入学者数は表2のようになります。

18歳人口が減っていくのに進学率はそのままなのですから、入学者数は大幅に減ってしまいます。2030年は52.4万人で、今よりも9.4万人の減です。単純に考えると、入学者数1000人の大学が94校つぶれる計算になります。2050年は37.7万人(24.1万人減)で、241校が消滅。現在の大学の3分の1が廃校する、壊滅的な事態です。

まあこのモデルは、悲観に過ぎるかもしれません。

では、多くの関係者が望むように、大学進学率が今後もコンスタントに上昇する場合はどうか。2020年に55.0%、2030年に60.0%、2040年に65.0%、2050年に70.0%となる事態を想定してみましょう。

2020年には大学入学者はちょっと増えますが、2030年は60.5万人、2050年には50.8万人にまで減ってしまいます。この楽観モデルでも、入学者1000人の大学が2040年までに100校つぶれると予測される……。

どうあがいても、大学倒産時代の到来は不可避であるように思われます。しかしそれは今の枠組みが維持される限りであって、大学が「未来形」の姿へと変化を遂げるならば、話は違ってきます。

ここでいう「未来」とは、日本社会の未来です。

少子高齢化により、人口の年齢構成は「逆ピラミッド型」になります。また社会の変化がますます速くなり、人々は生涯にわたって学習することを求められるようになります。人生初期に学校で学んだ知識や技術など、直ちに陳腐化してしまうのですから。

■30歳以上の通学率1.6%は世界で最下位

少子高齢化社会・生涯学習社会における大学は、青年層の教育機関のみならず、成人の学び直しの場としても機能しなければなりません。生涯学習のセンターとしての機能ですが、これから先は、こちらに重点を置く必要があるでしょう。

日本は就学率が高い教育大国といわれますが、それは子どもや青年層に限った話。成人層まで射程を広げると、お寒い状況が見えてきます。

30歳以上の成人のうち、何らかの形で学校に通っている者の比率(通学率)は、日本はわずか1.6%と世界で最下位です(OECD「PIAAC 2012」)。22歳までの就学率は、世界でもトップレベルなのですが……。

青年期までの時期に教育機会が集中している(偏っている)様は、通学率の年齢曲線を描くとよく分かります。図1は、日本とフィンランドの比較です。

日本は「L字」型で、20代後半以降は地を這うようになります。一度学校を出たら、学び(教育)は終了の社会です。対してフィンランドは曲線の傾斜が緩やかで、30代でもおよそ2割(5人に1人)が学校に通っています。曲線の高低の差によって、生涯学習社会の実現度の違いが見て取れます。

むろん学びの形態は、学校に通うこと(通学)だけではありません。わが国では、企業内教育で学んでいる人が多いことでしょう。しかし今後は、企業も体力がなくなり、労働者の自家育成も難しくなるのではないか。

また終身雇用の崩壊により、労働者が自分のスキルを売りにして、複数の組織を渡り歩く時代にもなるでしょう。そうなった時、今の会社だけで通用する「閉じた」スキルではなく、汎用性のあるスキルの習得が求められます。そのためには外部の「第3」の機関で学ぶ必要があり、大学などの高等教育機関が大きな役割を果たすことになります。

今後の社会変化から察するに、大学は「変わる」余地があります。そうでないと生き残れないことは、今回の単純なシミュレーションでも分かることです。

やせ細っていく18歳人口を奪い合うのは見苦しいし、社会にとっても有害です。持てる教育資源を、成人層にも振り向けないといけない。そのことが、教育期と仕事期・引退期の間を自由に往来できる「リカレント教育」の普及に貢献します。「教育期→仕事期→引退期」という直線型ライフコースが、時代にそぐわなくなっているのは明らかです。

大学の役割革新は自己の存続だけでなく、社会にとってもプラスの機能を果たすのは間違いありません。

(武蔵野大学、杏林大学兼任講師 舞田敏彦=文)