業容急拡大の裏で再び陥った倒産の危機

 昭和25年(1950年)6月に勃発した朝鮮戦争は、わが国が戦地にならず、逆に近隣に位置するわが国が戦争中の物資供給基地になったこともあり、結果として戦後復興の大きなきっかけを与えてくれることとなった。

 中でも繊維業界はその恩恵が大きく「(織機を)ガチャッと織れば万単位で儲かる」という意味から“ガチャマン景気”という呼び名があったほどであった。

 幸一が本社を移転し、室町の不動産を購入し、電動ミシンなどの設備投資や幹部要員の人材採用を急いだのも、まさにこの流れに乗ろうという意図があった。

 おかげで藪中のような、かつての大隊長が就職をお願いしてくるほどの中堅企業へと成長することが出来たのだが、急成長の陰に落とし穴が待っていた。

 売り上げも伸びている、利益も出ていると安心しているときに最も怖いのが、日常の支払いである決済資金が一時的に足らなくなって倒産してしまう資金繰り倒産だ。積極経営は運転資金を増加させる。幸一は知らず知らずのうちにその罠にはまり込んでしまっていたのである。

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