By Haruhiko Okumura

1941年にナチス・ドイツに対抗して自由と民主主義を監視するための機関として設立されたのがFreedom Houseです。そのFreedom Houseが毎年公開している世界のインターネットの自由度合いを調査した報告書「Freedom on the Net」の2016年度版が公開されました。

Freedom on the Net 2016 | Freedom House

https://freedomhouse.org/report/freedom-net/freedom-net-2016

調査対象となった65の国と地域のインターネット環境の自由度をスコア付けしたのが以下のグラフ。スコアはインターネットにおける「アクセス障害の有無」「コンテンツの制限」「ユーザー権利に対する妨害」という3つの尺度の総合評価となっており、スコアが0に近ければ近いほどインターネット環境が自由な国であることを示しており、100に近くなると検閲などが厳しく自由の少ない環境であることを示します。グラフが緑色の場合「自由なインターネット」、黄色の場合「部分的に自由なインターネット」、青色の場合「制限のあるインターネット」と評価されています。調査対象となった65の国と地域の中で最も自由なインターネット環境があるのはエストニアとアイスランドで、そのスコアは「6」。日本は全体で7番目に低いスコアの「22」で、自由なインターネットが提供される国と評価されています。なお、最も制限の多いインターネット環境は中国のものです。



さらに、調査対象となった国と地域のインターネットユーザーを「自由なインターネット(緑)」「部分的に自由なインターネット(黄)」「制限のあるインターネット(青)」「調査対象外(灰)」で分けると、インターネットにアクセスできるユーザーは全体の88%で、その人口は12億人を超えます。その内、自由なインターネットにアクセスできるのは24%のユーザーのみで、もちろん日本のインターネットユーザーはこの24%に含まれます。



世界地図上に「自由なインターネット(緑)」「部分的に自由なインターネット(黄)」「制限のあるインターネット(青)」「調査対象外(灰)」を示した図。



調査対象となった12億人を超えるインターネットユーザーの分布を示したマップが以下のもの。六角形ひとつで100万人のインターネットユーザーを示しており、どの国と地域にインターネットユーザーが多く、そこのインターネット環境がどのようなものなのかがひと目でわかります。最もインターネットユーザーが多いのは最も制限の多い中国の約6億9000万人、その下にインドの約3億4000万人、アメリカの約2億4000万人、ブラジルの約1億2200万人、日本の1億1800万人と続いています。



総合スコアの減少が多い上位20か国を並べたのが以下のグラフ。総合スコアの減少、つまりはインターネットの規制が最も緩んだのはウガンダで、続いてバングラデシュ、カンボジア、エクアドル、リビアと続きます。



反対に、過去5年間で最も大きくスコアを伸ばした(インターネットの検閲や規制が強くなった)のが、ウクライナ・ベネズエラ・トルコ・ロシア・エチオピアの5か国。



インターネット環境の自由度と報道機関の自由度に差のある国を並べたのが以下のグラフ。棒グラフとスコアは国のインターネット環境の自由度を示しており、三角形のアイコン部分に書かれたスコアは報道機関の自由度を示したものです。特に報道機関に対する規制が強いのはウズベキスタンで、その他、キューバ、ベラルーシがスコア90を超えた特に規制の強い国となっています。アルメニアは自由なインターネット環境を提供しているものの、報道機関に対する規制はかなり強い国となっており、そういったギャップを見るのもおもしろいです。



SNSやコミュニケーションアプリごとに、制限されている国の数(青)と逮捕者を出した国の数(ピンク)を示したグラフが以下のもの。最も多くの国で制限されているアプリは「WhatsApp」で、最も多くの国で逮捕者を出したサービスはFacebook。Facebookユーザーは政治的あるいは宗教的なコメントから逮捕されるケースが多いようです。



以下のグラフは横軸をインターネット環境の自由度、縦軸をインターネット浸透度、円のサイズを国民ひとり当たりのGDPで示したもの。



インターネットの検閲や制限などがどのような分野のトピックスに対して行われているのかを示したグラフが以下のもの。国名の横の数字は制限がかけられているトピックスの数を示しており、0なら制限のない自由なインターネットが楽しめる国ということになります。最も多くのトピックスに制限がかけられているのが中国・イラン・エチオピアで、「権威に対する批判」が最も多くの国で検閲や制限の対象となっていました。