ヤマハファクトリーチームとして走る最後のレース第18戦・バレンシアGPで、ホルヘ・ロレンソ(モビスター・ヤマハ MotoGP)が優勝し、最高の形で9年間のヤマハ時代を締めくくった。

 土曜の予選では、自身が保持していたサーキットのファステストラップ記録を塗り替える速さでポールポジションを獲得。日曜午後2時にスタートした30周のレースでは、ホールショットを決めると、序盤で一気に後続を突き放す得意パターンの展開に持ち込んだ。優勝までの過程ではレース中のラップレコードを塗り替えて、ゴールした際にはバレンシア・サーキットの総レースタイム記録も短縮しているという、完璧な内容の勝ちっぷりだった。


「今日は序盤からうまく走れて、その結果、この9年間に自分を支えてくれたヤマハへの恩返しとして最高のプレゼントを贈ることができた。ポールポジション、ファステストラップ、勝利という三拍子揃ったレースをできて、とても誇りに思うし、本当にうれしい」

 ロレンソがヤマハのファクトリーチームに加入したのは2008年のこと。2006年と2007年に250ccクラスのタイトルを連覇し、鳴り物入りでの最高峰クラス昇格だった。250ccのチャンピオンを獲得する前からヤマハが目をつけていた逸材だけに、チーム合流後は当時無敵の全盛時代を極めていたバレンティーノ・ロッシとの摩擦が大きな話題にもなった。

 MotoGP初レースのカタールGPでは、いきなりポールポジションを獲得して2位フィニッシュ。続くスペインGPでもポールポジションから3位表彰台。そしてシーズン第3戦のポルトガルGPでは、3連続ポールポジションから最高峰クラスわずか3戦目で優勝を達成した。

 この年は初年度だけあって転倒も多く、年間ランキングは4位で終えたが、翌2009年は年間総合2位、そして3年目の2010年にはチャンピオンの座に就いた。以後、2012年と2015年にもタイトルを獲得している。ここまでの9年間で優勝は44回。2位を42回、3位は21回。

 数え切れないほどの優勝経験のなかで、もっとも感慨深かった優勝はどのレースだったのか、とロレンソに訊ねてみた。

 充実した手応えの走りをできたときは、いつも「生涯屈指のレースだった」と言うことの多い選手なので、今回も走り終えたばかりのレースを挙げるのかと思いきや、ロレンソから返ってきた答えは、「去年のここ。2015年最終戦の優勝が、特別に印象深いレースだった」というものだった。

 昨年の最終戦は、チャンピオンシップをリードしていたロッシをシーズン途中からひたひたと追い詰め、第17戦を終えた段階で逆転可能な7点差にまで迫っていた。また、一時期は雪解けムードにあったロッシとの緊張関係も、このころにはふたたび最高潮に達しており、ロッシとマルク・マルケス(レプソル・ホンダ・チーム)の確執もさらに絡んで、レースウィークのバレンシア・サーキットは異様で不穏な雰囲気に包まれていた。

 その決勝レースでは、マルケスとそのチームメイトのダニ・ペドロサの猛追を受けながらも最後までかわしきり、マルケスとは0.263秒、ペドロサからは0.654秒という僅差で逃げ切って劇的な逆転チャンピオンを獲得した。

 そのレースが、ヤマハ時代でもっとも感動的なレースだった、とロレンソは回顧した。

「ものすごく大きな重圧のなかで、土曜の予選に最高の状態に持っていけた。レース中はホンダ勢からのプレッシャーも激しかった。自分のレース人生でもっとも厳しい接戦になったシーズンで、ヤマハで自分の最後のタイトルにもなった」

 さらに、もうひとつ感慨深いレースとして彼が挙げたのは、2013年のオランダGPだった。

 このレースは、ロレンソが優勝を飾った一戦ではない。金曜のフリープラクティスで転倒した際に鎖骨を骨折し、そのまま欠場するかと思われたが、バルセロナへ戻って手術をし、負傷部位にチタンプレートを挿入してスクリューで固定。ふたたびオランダへ戻ってきて、決勝日午前のサーキットドクターの診断で参戦許可を得てグリッドについた。骨折の手術からわずか1日少々の復帰ではとても走りきることなどできないだろう、という大方の予想を覆し、5位でチェッカーを受けた彼の勇気と強靱な意志に満ちた走りは、多くの人々を感動させた。

「あのレースも別格だった。手術から30時間で復帰してトップファイブで終えるという、歴史上おそらくあり得なかったことをやってのけたんだ。あれも感無量のレースだったよ」

 来シーズンのロレンソは、長年過ごしたヤマハを離れて、ドゥカティ・ファクトリーへ移籍する。チームメイトはアンドレア・ドヴィツィオーゾ。125ccや250cc時代からずっと異なるメーカー同士でしのぎを削ってきた好敵手だが、来シーズンは初めてチームメイトになる。ロレンソを迎えるドヴィツィオーゾは、こんな歓迎コメントを述べている。

「125や250時代からずっとライバル陣営として戦ってきて、今回初めて同じチームになるのは、ちょっと奇妙な感じもするけど面白いね。ホルヘのようなチャンピオンとチーム内で争えるのは、自分にとってもいい刺激になるよ。彼の乗り方はヤマハの特性とすごく合っていたけど、まったく違う特性のドゥカティにどんなふうに合わせてくるのか、興味深いところだね」

 全18戦の長いシーズンを日曜日に終えたバレンシア・サーキットでは、1日の休日を置いて火曜日から2017年シーズンに向けたテストが始まる。ホルヘ・ロレンソの新しい挑戦も、この日にスタートする。

西村章●取材・文 text by Nishimura Akira