5番街のトランプ・タワー(写真=Best Image/アフロ)

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■若きトランプ氏と会った「ベニハナ」創業者

「トランプ氏とは2回お会いしました。1990年か91年の春だったでしょうか。私が34歳か35歳、米国ニューヨークのステーキハウス『ベニハナ・オブ・トーキョー』創業者、ロッキー青木(故人)の秘書をしていた頃です」

臨済宗老師であり、宗教ジャーナリストという異色の肩書を持つ井上暉堂(きどう)氏(59歳)は、米国新大統領ドナルド・トランプ氏(70歳)と、およそ四半世紀前に面会した記憶をたどり始めた。

ロッキー青木氏(本名・青木広彰)は1938年に東京都で生まれ、慶應大学経済学部在学中に全日本学生レスリング代表選手団の一員として渡米し、そのままニューヨークに滞在。苦労の末に1964年、5番街に「ベニハナ・オブ・トーキョー」を開店。以来、全世界にベニハナチェーンを展開した立志伝中の人物である。

「当時、ニュージャージー州テナフライに在住し、米国でもすでに名を知られる存在だったロッキーに、トランプ氏の側から『会いたい』というアプローチがあり、ロッキーと私はトランプタワーの…43階だか53階だか忘れましたが…にある彼のオフィスを訪れました」

瀟洒なシャンデリア、窓外にティファニーとその向こうのセントラルパークを一望できる眺めに、青木氏は「エクセレント!」を連発。井上氏も「いい部屋だ。金持ちだなあ……」という印象を持ったという。

その場に現れた当時40代のトランプ氏の印象は、意外にも暴言王とは程遠いものだったようだ。

「不動産王としてすでに名を馳せていましたが、今よりずっとやせていてハンサム。派手めの赤いネクタイにブラックスーツで、物腰はジェントルマン以上にジェントルマンでしたが、一挙手一投足にオーラがありすぎて……。『ああ、人は成功するとこういう顔立ちになるんだなあ』と思って見ていました。トランプより8歳年上のロッキーにもオーラはありましたが、悪いけどロッキー以上でした」

■男のエネルギーを吸い取る女には要注意

酒はあまり飲まぬ青木氏だったが、トランプ氏の女性秘書が運んできたカクテルを口にしつつ、笑顔でトランプ氏とビジネス話に終始した。

「私も当時は英語をかなり聴き取れたのですが、話の詳細については後でロッキーからも日本語で詳しくききました。リアルエステート、不動産賃貸に関する話だったと記憶しています。英国のピカデリーサーカス、キングズロードという地名が会話に出てきましたが、米国以外に進出したいと考えていたロッキーがその後まもなくこの2地点に出店しましたから、今から思えばトランプ氏が絡んでいたのかもしれません」

2人の会話は弾み、「ベニハナに来てくれ」と誘った青木氏に、「OK。来週はどうだ?」と応じたトランプ氏は、その言葉通り翌週の夜にニューヨーク56丁目、ヒルトンホテル近くのビル2階にある「ベニハナ・ウェスト(当時)」に1人で現れた。

今度は光沢のある紺のスーツにピンク系のネクタイで現れたトランプ氏は、まずは10個程度のテーブルが並ぶベニハナのウェイティングルームで20〜30分、ジントニック片手に青木氏と女性の話で盛り上がった。

「ともに“英雄色を好む”タイプ。『いい女との出会いは、その男の人生を変える』と言ったロッキーに、トランプ氏は『いい女は、いろんな意味で男を盛り上げてくれる』『男を出世させる』と言っていたと記憶しています。私は当時日本で話題だった映画『あげまん』(1990年公開)を思い出しました。『エネルギーを与えてくれる女を選ぶのが勝者』と持論も一致したようで、笑い転げながら『逆に、男のエネルギーを吸い取る女には要注意』というロッキーの言葉には、トランプも深くうなずいていました」

(つづく)

(プレジデント編集部 西川修一=文 Best Image/アフロ=写真)