「Thinkstock」より

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 オフィスワークが多い人は、どうしても「座りっぱなし」になりがちだ。ところが、近年は「座る時間が長い人ほど死亡リスクが高まる」という説が定着しつつあり、アメリカやヨーロッパの大学では、それを裏付けるような研究結果が報告されている。

 そうした中で、米グーグルやフェイスブックをはじめ、IT関連の大手企業の間で流行しているのがスタンディングデスク(上下昇降デスク)だ。日本企業でも、楽天グループが昨年の本社移転の際に全面導入して話題になった。利用者からは「作業効率が上がる」「腰痛がなくなる」など、取り入れて良かったとの声が多く聞かれる。

 その一方、スタンディングデスクは「かえって腰痛を引き起こしやすい」「頸椎椎間板ヘルニアを発症しかねない」と警鐘を鳴らす専門家もいる。利用者からは好評なスタンディングデスクだが、実は健康リスクを指摘する声が少なくないのだ。

●背骨が歪み、腰痛を発症する恐れも

 スタンディングデスクは、高さを自由に調整できるオフィス用の机で、利用者は天板にパソコンを置き、文字通り「立ったままの姿」で作業することが多い。

 しかし、「ただ立って仕事をすれば、体にいいというわけではありません」と指摘するのは、都内の整形外科医・A氏だ。A氏によると、「スタンディングデスクのリスクは、大きく分けて2つある」という。

「ひとつ目のリスクは『背骨の歪み』や『腰痛の発症』です。人は立っているときに体重が左右どちらかに偏りがちです。特に、スタンディングデスクで立って作業をする場合、多くの人は右か左のどちらかにより体重をかけてしまうことが多い。このように、無意識に自分が楽な側ばかりに体重を乗せて作業を続けていると、骨盤が片側に寄って背骨が歪み、かえって腰痛を引き起こしかねません」(A氏)

 重心を左右交互にかけられればまだいいが、大半の人は自分が楽な側に偏りがちだ。そして、そうした立ち姿勢を続けると体の左右バランスが崩れ、肩の高さが違ってくるなど、姿勢も悪くなる危険性があるという。

「もうひとつは、机の高さとパソコンの位置のズレによる『首の痛みや肩こり』の発症です。いくら立って仕事するのが健康にいいといっても、スタンディングデスクの高さが中途半端だとパソコンを見下ろすかたちになり、首に相当の負担がかかります。

 座っているときよりモニターやキーボードの位置が低いようなら、かなり危険です。首の痛みや肩こりだけではなく、ストレートネック、さらには椎間板ヘルニアなどを引き起こしかねません。腕の神経が圧迫され、しびれや痛みを発症するケースもあり得ます」(同)

●立ったままPCの姿勢は完全にアウト?

 スタンディングデスクに疑問を感じているのは「姿勢の専門家」も同じだ。

「姿勢の観点からいえば、パソコンの高さは『背筋を伸ばした状態』で『モニターの上辺と目の位置が水平』になるのが理想的。肘の角度は机に対して90度です。とはいえ、普段、座って仕事をされている方の大半は、目線より下にモニターが来ている。スタンディングデスクで正しい位置でパソコンを使うには、かなり机を上げつつ、モニターの位置も上げないと意味がないのです」

 そう語るのは、早稲田大学の保健体育科目「姿勢と健康」で講師を務める碓田拓磨氏だ。碓田氏は、虎ノ門カイロプラクティック院の院長でもあり、姿勢の悪さが健康に及ぼす悪影響をテーマに講義や講演も行っている。

「スタンディングデスクが机の高さを自分で調整しなければならないなら、利用者の大半が机を上げきっていないまま使っていることは容易に想像できます。ノートパソコンを使っているなら、姿勢的には完全にアウトでしょうね」(碓田氏)

 そもそも、立ったままパソコンで作業したり会議をしたりというのは、多くの人がこれまでの社会生活で経験したことがなかったものだ。

「やはり、立ったまま何かをするということ自体が我々の生活に根付いていないからです。新しい商品やサービスにすぐ飛びつく『アーリーアダプター』(新たな商品やサービスを早い段階で取り入れる人)には受けがいいかもしれませんが、今後、スタンディングデスクが主流になるかというと、難しいかもしれません。

 たとえば、2000年代後半の一時期、バランスボールがはやりました。当時、『姿勢が良くなる』『腰痛が緩和される』などと言って、多くの企業がバランスボールを導入しましたが、今では使っている人はわずかで置き場所に困っているという話をよく聞きます」(同)

●正しい姿勢で仕事している人は皆無?

 そして、碓田氏も整形外科医のA氏と同様に、「ただ立って仕事をすれば体にいいというわけではない」と語る。

「仕事の効率を上げるには、体を活性化させなくてはいけません。その意味で、立つと体がバランスを取ろうとして運動状態になるので、スタンディングデスクは理にかなっています。しかし、それは正しい姿勢で立つことのできる人の場合です。乱れた姿勢でパソコン作業をするなら、立って仕事をする意味が薄れてしまいます。

 正しい姿勢をキープすることができるなら、むしろ座っていても腹筋、背筋、腸腰筋など筋肉の働きを伴う運動になり、肺活量もしっかり確保できて体が活性化します。立っているときほどではないかもしれませんが、それなりの効果は期待できるわけです」(同)

 碓田氏は早稲田大学の学生たちに対し、パソコンを使う際は、まず背筋を伸ばした状態でモニターの上部と目線が水平になる「正しい姿勢」を取るように指導する。しかし、その姿勢を最初から余裕で30分間キープできた学生は、いまだにひとりもいないという。

「それくらい、正しい姿勢でパソコンを使えている人はいないということです。そして、その姿勢をキツいと感じる人ほど、いい筋トレになるのです」(同)

 導入する企業が増えているといわれるスタンディングデスクだが、正しい姿勢で利用できている人は少ないだろう。そのため、体にいいどころか逆に健康リスクを高めているのが実態なのだ。「座りっぱなし」を問題視してスタンディングデスクを使う前に、まずは正しい姿勢で机に向かうところから始めたほうがよさそうだ。
(文=青柳直弥/ライター)