競争激しい食の激戦区・恵比寿。長く続く老舗であるということは、もはやそれだけで名店の証明だ。

一見厳しいルールがあったり、過去の常連客として昭和のスターや大御所がいたり、他のお店にはないストーリーともに長寿の秘訣に迫った。



まくら。秘伝の配合のモツを丁寧に叩き、ニラを巻きつけた創業以来の名物串。歯を入れると内部に閉じ込められた旨みが口のなかに弾ける。創業から継ぎ足し続ける甘みを抑えた自慢のタレとよく絡む
ただ実直に、丁寧に。恵比寿に燦然と輝く古酒場
『まくら とよかつ』

恵比寿


縄のれん越しにひょいと店を覗いてみると、立ち上る煙のなかで、黙々と串を焼く店主の姿。見るからに頑固そうなその姿に、少し尻込みする。

勇気を出して席に着けば、壁のメニューには「串の追加注文お断り」の文字。通ぶって「塩で!」なんて注文すれば、店主の眉間にシワが寄る。ここはやっぱり初心者お断りの難関店なのか。もちろん、誤解だ。追加お断りは新規客を待たせないための配慮。



串はかしら、たん、あぶらなど。先代が勝沼出身のため、国産ワインもメニューに並ぶ

タレを勧めるのは、創業以来継ぎ足す味に自信があるから。眉間のシワは、たぶん、煙が目に染みたのだ。店主の長島太市氏、話してみればいたって気さく。

旨いモツを手頃に楽しんでほしい。そんな思いで毎朝芝浦に通い、その日仕込みの売り切れ終いを続けているのだ。長年愛される店には、やはり相応の理由があるものだ。



焼きあがったものから1本ずつ出してくれるスタイルも健在



年季の入ったメニュー



店と同じ年のマスターと女将さんがふたりで切り盛り



創業は昭和21年。平成14年に現在のビルになったが、カウンターもレイアウトも、創業当時のまま




ボルシチ。厚めにカットされたレモンを潰し、酸味を調節しながら自分好みの味に。注ぎ足されたスープは得も言われぬ奥深きコクがあるが、後口はさっぱり。特製の黒パと相性抜群
昭和のスターに愛され、今なお受け継がれし洋食
『キッチンボン』

恵比寿


もはや、この店に関しては語り尽くされ、説明不要といってもいい。美空ひばりが二十歳のころから通ったといい、石原裕次郎は入院中にお抱えの仕立て屋にこの店の料理を病院へと運ばせたという。昭和のスターや大御所が愛し、そして現在も数多くの著名人が足を運び続ける洋食店、それが『キッチン ボン』である。

そんな店の名物といえば、ボルシチだろう。創業者である先代が旧帝政ロシアの皇室料理長から直々に学んだ味は、昭和30年の創業以来、注ぎ足されてきた歴史的な一品だ。

ビーツなどの野菜がとろとろになるまで一緒くたに煮込まれ、日本人の舌に合うようにとサワークリームではなく生クリームとレモンがスープに浮かぶのがボン流。不朽の名作を堪能あれ。



デミグラスなど3種のソースを合わせて作る絶品ハヤシライス



ビーフカツ。A5ランクの山形牛のイチボ肉を使用




店内には長嶋茂雄氏のサインが飾られている



一枚板のカウンターも老舗洋食店らしい雰囲気



レトロな看板が目印


続いて、圧倒的コストパフォーマンスを発揮する和の名店



単品料理より、カマスの塩焼き。秋になってグッと脂がのってきたカマスはスダチを絞ってさっぱりと。炭火でじっくりと焼き上げる焼き魚は、この季節の名物のひとつ。仕入れ状況などによりメニューは異なる。写真は一例
店主の心意気がもたらす圧倒的コスパと満足感
『食彩かどた』

恵比寿


「手軽に食べて飲みたい時、1万円をポンとは払えない。料理とお酒を含めて7,500円まで。それが僕の“手軽”の範疇だったんです」そう話す店主の門田義信氏。

そんな価格設定こそ『食彩かどた』が、食の激戦区である恵比寿で10年以上も愛され続けてきた理由である。



すきみ鰈の煮付け。ツメは辛すぎず甘すぎず、淡泊なカレイの身を引き立てる。仕入れ状況などによりメニューは異なる。写真は一例

しかも、安かろう悪かろうではなく、魚は焼津や瀬戸内海から産直で仕入れ、日本料理一筋の店主がそれらの味を「手を加えすぎず、シンプルに」引き出していったものだ。

「コース主体で食材のロスがないからできるだけ」と門田氏は謙遜するが、それを実現できる店がほんの一握りであることも事実。店主が考える“手軽”に、こんなにも幸せになれるとは…。



大山鶏のしゃぶしゃぶ。仕入れ状況などによりメニューは異なる。写真は一例



日本酒は20種以上をラインアップ。香りが立ちすぎず、料理を邪魔しない旨口タイプがそろう



「日本料理の真髄をお気軽に」



カウンターとテーブルからなる店内。カウンターは料理人の一挙手一投足に目を奪われる




焼き八寸。この日はカマスの幽庵焼き、新銀杏、大黒しめじ、栗渋皮煮などが登場。器は籠ではなく、竹細工のように編み込まれた陶器に盛りつけた。料理はすべて¥8,800〜(税・サ別)のおまかせの一例
主の誠実さがそのままに味となって結実する名店
『和の食いがらし』

恵比寿


恵比寿において不動の人気を誇る和食店ながら、「自分のやりたいことをできるようになったのもここ1年くらい」と店主の五十嵐明良氏は話す。

その理由は、2015年の夏にそれまで好評だった平日のランチをやめたこと。昼の準備と営業に費やす時間を、夜の仕込みにあてがえるようになったのである。



名物の炊き込みご飯には、松茸ご飯が登場。松茸の半分はご飯と一緒に炊き、もう半分を炊きあがり直前に加えることで、香りを引き立てる

「仕入れにも、仕込みにも、調理にも、お客様にも、すべてに対して真面目であること」が五十嵐氏の身上。創業以来毎日欠かすことなく築地へと仕入れにいく真摯な姿勢は、そのまま料理にも映し出されているといっていい。

名店『つくし』で研鑽を積んだ13年間、そして独立して恵比寿で積み上げた8年間。確かな食材とアプローチで作られる美味の数々が、その実力を雄弁に物語る。



冬瓜の含め煮。丹念に炊きあげた冬瓜に毛蟹の餡を流し、蒸した栗を削りかけた



店主の五十嵐明良氏



テーブル席もあるが、特等席はやはりカウンター。店主との会話も楽しめる



恵比寿に出店してから9年が経つが、いつ訪れても新鮮味を感じることができるのも名店の証