イラク北部モスルを占拠する過激派組織「イスラム国」(IS)がイラク軍などの奪還作戦に直面する中、最高指導者のアブバクル・バグダディ容疑者のものとみられる音声メッセージが11月3日、インターネット上に投稿された。イスラム教草創期にイスラム軍が勝利して預言者ムハンマドが地歩を固めた「ガズワトルハンダク(塹壕〈ざんごう〉の戦い)」に関連付けた内容で、ISがモスルの地下に張り巡らしたトンネルを活用して徹底抗戦せよとのメッセージだ。

 軍事専門家らは「モスル陥落は時間の問題」と指摘している。宗教心を鼓舞して起死回生を狙うバグダディ容疑者だが、劣勢な状況を挽回させるのは難しいだろう。ムハンマドの戦いの歴史の再来実現とならなければ、逆にバグダディ容疑者の威信は失墜することになる。

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「多神教徒との戦い」も戦力差歴然

「塹壕の戦い」は、ヒジュラ歴5年(西暦627年)、メディナを拠点としたムハンマド率いるイスラム軍約3000人に対し、クライシュ族率いるメッカ連合軍が1万人前後という軍勢でイスラム軍壊滅を狙った歴史的な争い。軍勢では圧倒に不利だったムハンマドは、以前の敗戦を教訓にメディナの周囲に塹壕を掘り、長期戦に持ち込まれたメッカ連合軍が戦いあぐねてメディナ攻略に失敗、威信を失墜させ、以降、ムハンマドが優位な立場になり、イスラム教が拡大していく契機となった史実である。

 バグダディ容疑者の音声メッセージは31分間で、タイトルは「アラーと彼の使徒(ムハンマド)がわたしたちに約束されたもの」。このタイトルは、聖典コーランの33章「部族連合章」の22節の一節から引用したもので、この「部族連合」はイスラム軍討伐を狙ったメッカ連合軍を指している。

 メッセージの中でバグダディ容疑者は、「ハンダク(塹壕)」という言葉を実際に使うことはなかったが、宗教的な戦いを勝ち抜くことは厳しいものだと認め、33章16節を引用して、逃げ出して戦死から逃れても利益はなく、勇敢に戦って天国という報酬を得た方がいいと訴えた。

 ハンダクという言葉を使った方がIS戦闘員に説得力があるように思えるのだが、ムハンマドはペルシャ人の技術者サルマーン・アルファーリスィーのアイデアで塹壕を掘ることを決断した経緯があり、バグダディ容疑者はあえて使わなかった可能性がある。

 イスラム史に通じたカイロ大学のムハンマド・ハッジャージ講師は「ハンダクという言葉はコーランに存在せず、(ムハンマドの言行録)ハディースに登場するだけだ。そもそもハンダクはアラビア語ではなくペルシャ語であり、シーア派のイランと敵対するISの指導者としてハンダクという言葉に言及しないのにはこうした背景があるのではないか。部族連合という言葉を用いるだけで、当時の多神教徒とイスラム教徒の対立を大半のイスラム信徒は想起し、ISが置かれた現在の状況を重ね合わせるのに十分な説得力を持つはずだ」と解説する。

 メッセージから判断できることは、バグダディ容疑者が戦闘員たちに最後まで戦い抜き、殉教しろと訴えているということだ。バグダッド西方のファルージャなどでは、比較的早い段階でIS戦闘員が敗走したケースがあるが、今回のバグダディ容疑者の声明を戦闘員たちがそのまま解釈すれば、モスル攻防戦は相当激しいものになる可能性がある。

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池滝和秀(時事総研客員研究員、在英ジャーナリスト)※時事通信社発行の電子書籍「e-World Premium」より転載