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●そもそもUSB PDとは何?
米GoogleがUSB PD(Power Delivery)以外の急速充電技術、例えばQualcommのQuick Chargeの排除に乗り出していることが話題になっている。同社は業界標準となっているUSB PD以外の急速充電技術を互換性を損なうものとして、OEM各社に向けた最新のAndroid互換性ガイドの中で「サポートしないよう強く推奨する」と記しており、今後数年をかけて標準への統一へ向けた動きを見せている。この背景を少し探ってみよう。

USB PD(Power Delivery)とは、USBケーブルを用いて接続した機器への給電を行う技術だ。USBでは、最初期の規格である1.x時代からすでに「バスパワー給電」という仕組みを備えており、「ホスト」と呼ばれる上流側デバイス(PCなど)から「ペリフェラル」と呼ばれる下流側デバイス(マウスやプリンタなどの周辺機器)へと最大500mA×5V=2.5Wの給電が可能となっている。これは、バスパワー給電によって外部電源なしで周辺機器を動作することが目的で、例えば持ち運び可能なモバイルHDDなどはバスパワー給電のみでHDDが動作し、接続したPCからデータの読み書きが行える。このUSBの向きは「マスター/スレーブ」という形で一意に決まっているが、最近ではスマートフォンやタブレットのように「充電時やPCとの接続の際にはペリフェラルとして動作し、外部の周辺機器との接続を行う場合にはホストとして動作する」という双方向動作が可能な製品が増えている(「USB On-The-Go」または「OTG」と呼ぶ。スマートフォンやタブレットがホストとして動作する場合、USB端子に接続した周辺機器はホストとなったスマートフォンまたはタブレットから電源供給を受けることになる。

ただ、バスパワー給電では昨今の大型タブレットやPCなどの充電を行うにはパワーが足りず、またスマートフォンであっても大容量バッテリを搭載する製品が増えたこともあり、充電完了までに非常に長い時間を要するという問題があった。供給電圧を上げるなどの手法でUSB本来の仕様をわざと外して大型デバイスや急速充電を可能にする製品も一部では登場していたが(iPhoneやiPadが有名)、本来の基準を超えた電流を市販されているUSBケーブルに流すのは炎上や爆発の危険もあり、本来はあまり推奨されない方法だ。そこで標準化団体のUSB-IF(Implementers' Forum)がUSBを通じた大容量給電の方法を仕様化したのがUSB PDとなる。

前述のように標準のバスパワー給電は最大500mA×5V=2.5Wとなっているが、USB PDでは給電容量によって5つのプロファイルに給電タイプを分類しており、その最大のものは5A×20V=100Wと最大で100W給電が可能になっている。ただし従来のType-Aやmicro-B方式のものは最大でも60W以下に抑えられており、実質的に新規格であるType-C(USB-C)が必要となっている。Type-CのケーブルはUSB 3.1以降に定義された「コネクタに裏表がない」という新しい形式のもので、新型MacBookや新型MacBook Proですでに全面採用されている規格ではあるが、まだまだ採用例は限られているのが現状だ。GoogleのNexus 5Xなどでも採用されているが、こちらはUSB 3.1ではなく「USB 2.0」がベースとなっており、通信速度は2.0の最大480Mbpsに抑えられている。

USB PDの問題の1つは「粗悪なケーブル」であり、仮に100W給電が行われた場合にケーブルとアダプタともに負荷に耐えられるかが課題となる。例えば、新型MacBookに付属するUSB-Cの給電アダプタ(USB PD)は29W仕様だが、新型MacBook Pro 15インチ版に付属するアダプタは87Wとなっている。USB PDの上限である100Wにほぼ近い給電容量となるが、それだけケーブルとアダプタにはシビアな品質が求められるといっていいだろう。サードパーティ製品を選ぶ場合には特に注意し、値段だけを見て製品を購入することがないようにしたい。

●Quick ChargeとUSB PDの違い
このようにUSB PD 2.0の仕様が確定して対応製品が登場したのはごく最近のことで、まだ利用環境が潤沢に揃っているとは言い難い。一方で、商用としてすでに市場に対応製品が出回っている技術もあり、それが今回の話題になっているQualcommの「Quick Charge」だ。2014年6月に登場したQuick Charge 2.0では、通常の(バスパワー)充電と比較して75%程度の時間で順電が完了するという。2015年9月に登場したQuick Charge 3.0では、一般的なスマートフォンのバッテリ残量を0%から80%まで35分程度で充電できると説明している。2.0と3.0のQuick Chargeはそれぞれ対応のSnapdragonを搭載したスマートフォンまたはタブレットでの利用が可能で、Class Aで5/9/12V、Class Bで最大20Vの充電が可能になっている。充電はUSBのType-A/Type-C/micoro、そして独自方式までケーブルの種類を選ばない点も特徴で、Snapdragon採用の有無がポイントとなっている。仕様や目指す領域など、USB PDとオーバーラップする部分が多いというのも特徴だ。

類似点は多いものの、両者の最大の違いは「Quick Chargeは急速充電中はデータ通信が行えない」という点で、ここがUSB PDにとって最大のアドバンテージになる。USB Type-Aコネクタの標準4ピンは「Vbus」「D-」「D+」「GND」となっており、通常はVbusの電圧を変化させて通電を行い、「D-」「D+」の2つのピンを使ってデータ通信を行っている。Quick ChargeではVbusの電圧を通常の5V以上に設定するケースがある(modify Vbus voltage beyond default levels)ほか、さらに「D-」「D+」を使って電流の制御も行う(alter sink/source roles)という独自手法(proprietary)を採用している。これはType-Cのような新型ケーブル規格を使わずとも、既存のケーブルや独自仕様のケーブルでも高速充電を可能にするための手法として開発された経緯があるためだ。詳細についてはこのあたりの解説が詳しい。

Quick Chargeに関して最も注目すべき点は、そのマーケティング的優位性にある。現状、ハイエンド〜ミッドレンジの製品を中心にスマートフォンやタブレットでSnapdragonを採用しているものは多く、それはそのままQuick Chargeを利用可能なことを意味する。ハイエンド製品はそのプロセッサ性能だけでなく、Quick Chargeを差別化ポイントとすることも可能で、「最初から備えている機能なら使わなければ損」と考えるのも自然だ。それがUSB PDと比較しても、現状でQuick Chargeが優位にあることにつながっている。

●自らUSB PDへの道を示すGoogle
だがこうした状況にGoogleはあまりいい印象を抱いていないようだ。Ars Technicaによれば、Googleが公開した最新の「Android Compatibility Definition Document (CDD)」において、Android 7.0 "Nougat"の互換定義書の項目に下記の文章を加えている。

・Type-C devices are STRONGLY RECOMMENDED to not support proprietary charging methods that modify Vbus voltage beyond default levels, or alter sink/source roles as such may result in interoperability issues with the chargers or devices that support the standard USB Power Delivery methods. While this is called out as "STRONGLY RECOMMENDED", in future Android versions we might REQUIRE all type-C devices to support full interoperability with standard type-C chargers.

簡単に要約すれば、USB PD標準以外の電圧を変化させる方法で充電を行う独自技術について、互換性問題からサポートは"強く非推奨"としている。具体的な技術こそ、名指しこそしていないものの、この市場ではUSB PD以外の急速充電技術でメジャーなものはQuick Chargeしかなく、実質的に「Quick ChargeではなくUSB PDを利用するように」とAndroidデバイスや周辺機器を開発するOEMベンダー各社に通達しているのと同義だ。

なおArs Technicaによれば、Googleは過去にもデバイス内のストレージ全体を暗号化する仕様を「very strongly RECOMMENDED」とAndroid 5.0 CDDの中で指示したが、Google以外のデバイスメーカーでこの指示に従ったところはなかった。そのためAndroid 6.0の時代に「MUST」と強要したことで、初めて各ベンダーが対応に傾いたという。この過去に事例に則れば、今回のAndroid 7.0のケースでも実際にUSB PD採用へ傾くベンダーは「もともとUSB PD採用の意志があった」ベンダーであり、Quick Chargeの意図的排除に向かうというベンダーは少数派になると考えられる。そのため、Androidデバイスで実際にUSB PDが広く浸透するにはもうしばらくの時間が必要と判断するのが適当だろう。

GoogleではUSB PDを推進するため、Nexus 5XとNexus 6P以降のデバイスでUSB Type-Cを採用しており、これは最新のPixelにも引き継がれている。さらに、Nexus 5XとNexus 6Pで採用された急速充電技術はQuick Chargeではなく、おそらくUSB PDベースとみられている。これはPixelでも同様で、一部記事では「Quick Charge 3.0を採用」と書かれていたが、現在ではUSB PDベースとの見方が有力だ。興味深いのは、これら3デバイスとものSnapdragonを搭載しているにもかかわらず、あえてQuick Chargeを利用していない点で、Googleは1年以上前からすでにUSB PD以外の標準を廃すべく自ら動いていたことを証明するものとなっている。

(Junya Suzuki)