海を挟んで隣り合う日本と中国。漢字をはじめとする多くの似た文化を持つ両国だが、考え方や習慣が大きく異なるものも多い。その大きな例の1つが死生観の違いであり、この違いが両国間の対立を生む事もある。(イメージ写真提供:123RF)

写真拡大

 海を挟んで隣り合う日本と中国。漢字をはじめとする多くの似た文化を持つ両国だが、考え方や習慣が大きく異なるものも多い。その大きな例の1つが死生観の違いであり、この違いが両国間の対立を生む事もある。

 中国メディア・今日頭条は13日、「中国人と日本人の違い」という記事を掲載した。その中で、日本人と中国人の死生観の違いについて解説している。

 記事は、日本人が「どんな悪人でも死んでしまえばその罪が消える。人は死ねば、みな神仏になるのだ」と考え、死人の罪を問うことに対して意味を見出さず、生前の罪や誤りを許す傾向があると紹介。それゆえ、ミスによって巨大な損失を生じさせてしまった場合、日本人は往々にして「死によって謝罪し、死と引き換えに許しを求める」のであるとし、この考え方が日本人の自殺率を高めている要因の1つでもあると論じた。

 さらに、東京裁判で戦犯として裁かれた東条英機や広田弘毅らについても「絞首刑に処せられたところでおしまい」となり、靖国神社に祭られることも問題にならないと日本人は考えており、「中国政府が神社の参拝について発言することに対して、不快感を覚えるのだ」としている。

 一方で、中国人の死生観については「日本人と正反対である」とし、例え死んだとしてもその人物が犯した罪や責任が消えることはなく、死人に対しても問責や懲罰をすべしと考えていると紹介した。その例として、浙江省杭州市にある岳飛廟には「売国奴」として悪名高い秦檜夫婦が跪いてうなだれている像があり、参拝者たちが像に向かって罵声を浴びせたりする風習があることを挙げた。そして、「たとえ自殺しても許されることのない死生観は、日本人から見れば、あまりに残酷なのだ」と説明した。

 あの世に行ってもその人が犯した罪は消えず、許されることはない、という中国の死生観は、いわば「現世とあの世はつながっている」というもの。その考え方は、墓参りにも表れている。毎年4月の清明節は中国における墓参りの時期だが、この時期が近づくと各地で紙銭や紙製の自動車、パソコン、別荘などさまざまな「紙製品」が出現する。お墓の前で燃やして、ご先祖様に「仕送り」するためだ。

 あの世で豊かに暮らすには、現世を生きる後裔のサポートが欠かせない、という考えからも「この世とあの世はつながっている」という中国の死生観が伺えるのである。(編集担当:今関忠馬)(イメージ写真提供:123RF)