アマゾン・マイクロソフト・グーグルの三つ巴 「クラウド市場の覇者」は誰か?

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IoT(モノのインターネット)社会の到来で、最大1兆ドルとも目される巨大市場が出現。その覇権をめぐって、アマゾン、マイクロソフト、グーグルによる三つ巴の戦いがついに幕を切った。

クラウドはグーグルにとって、検索広告以来で最大のビジネスチャンスだ。同社は立ち遅れているこの事業を率いるのにふさわしい人物を、何カ月も探し続けた。そんななか、常に名前が挙がる人物がいた。ダイアン・グリーンである。

シリコンバレー以外ではあまり知られていないが、IT業界では伝説の女性だ。グーグルの共同創業者ラリー・ペイジとサーゲイ・ブリンもスタンフォード大学院時代から親交があった。彼女の夫は同大学の著名なコンピュータ科学教授、メンデル・ローゼンブラム。夫妻は何十年もキャンパス内で暮らしている。

ソフトな口調で、温かい笑顔の持ち主であるグリーンは、まるでご近所に住む友達の母親のようだが、クラウド競争の話題になると目つきが鋭くなる。グーグルの2人の創業者と同様、彼女も野心にあふれ、技術者のメンタリティと起業家としての情熱を持ち合わせている。

ペイジとブリンがスタンフォードを休学してグーグルを創業した1998年、グリーンとローゼンブラムも3人のパートナーとともに「VMware(ヴイエムウェア)」を設立した。同社の「仮想化」製品はデータを遠隔で管理する方法に革命的な変化をもたらした。グリーンは同社で10年間CEOを務め、ピーク時の市場価値が490億ドルに達する大企業に押し上げた。

グリーンはコンピュータの天才でありながら並外れた実務能力を持ち、世界の大企業にテクノロジーを売り込むビジネスを熟知した唯一無二の人物だ。ペイジは2012年、IT業界で確固たる地位を築いていた彼女をグーグルの取締役として招き入れた。
 
取締役となったグリーンはグーグルの経営陣に対して、あるビジネスチャンスを逃していると真っ先に指摘した。「クラウド・コンピューティング」である。

企業にコンピュータの余力を貸し出すというアイデアは以前からあった。グーグルも2008年にクラウド事業を始め、スタートアップ企業が同社のデータセンターの巨大なネットワーク上でアプリケーションを開発できるサービスを提供した。だが検索や地図、モバイル、自動運転車などの開発に気を取られ、クラウド事業には本腰を入れてこなかった。

そのグーグルがクラウドに手をつけてから10年近くが経過した今、企業のテクノロジーに対する考え方や活用方法に劇的な変化が訪れている。きっかけはAirbnb、Instagram、Pinterestなどのスタートアップが次々と登場し、クラウドサービスを利用して多くの業務を行うようになったことだ。わりと最近になって、GEやNBC、シェルなどの大手企業も社内アプリケーションをクラウドに移行し始めた。

今では多くの企業がこの動きに追随する。とりわけ熱心なのは、”IoT(モノのインターネット)”を商機と捉える生産・物流大手だ。こうした企業は無数のセンサーをネットワークに接続して情報を収集し、業務の効率化を図っている。たとえば世界中の保有車両の管理や、農業ビジネスにおける土壌や環境のモニタリング、エレベーターの保守などをIoTのアプリケーションで行っている。

こうした膨大なデータの処理に、クラウドほど威力を発揮するシステムはない。全体として見れば、クラウドへの移行はPCのネットワーク化に匹敵するほど重要な意味を持ち、企業のコンピューティングにおける世代交代ともいえるだろう。

劣勢に立たされるグーグル

グーグルは20年以上もかけて世界最大級のコンピュータ・ネットワークを作り上げた。クラウドという新時代の利益を享受できる絶好のポジションにいるように見えるが、グリーンは厄介な課題に直面している。グズグズしている間に、ジェフ・ベゾス率いるアマゾンがクラウド業界を食い尽くしてしまったのだ。

ベゾスは2006年、「AWS(アマゾン ウェブ サービス)」という信じられない賭けに出た。主力のオンライン小売事業とは大きくかけ離れたクラウド事業への参入を発表し、多くの人々を困惑させた。だが結果は大成功で、AWSの成長はアマゾンにとっても驚きだった。

100万人を超えるユーザーを持つAWSの今年の売上高は、100億ドル(約1兆円)になる見込みだ。AWS単体の営業利益(第1四半期は6億ドル)でアマゾン全体の黒字を支えていることになる。

当初3つのサービスからスタートしたAWSは、現在70を超えるサービスや機能を提供するまでに拡大した。AWSを利用する顧客のサービスがインターネット全体に及ぼす影響も大きい。たとえば、「Netflix(ネットフリックス)」のユーザーがお気に入りの番組をゆったり鑑賞する日曜の夜、全米のネット通信量の約30%がAWSを経由する。ネットフリックスがAWS上で動いているためだ。

「AWSを利用すれば、ITビジネスを立ち上げるのはレゴを組み立てるように簡単」というのがアマゾンの売り文句である。

今のところアマゾンの独り勝ちとはいえ、クラウド競争はまだ始まったばかりだ。クラウドの市場規模は現在の10倍の3,700億ドル、うまくいけば最大1兆ドル程度にまで拡大すると予想されている。クラウド市場が、グローバルなスマートフォン市場に匹敵する巨大市場であることは間違いない。

マイクロソフトのCEOに就任したサティア・ナデラは、クラウド・コンピューティング部門の責任者を務めた人物。彼のリーダーシップの下で生まれ変わったマイクロソフトは、クラウド事業に積極的に投資を進め、クラウドサービス「Azure(アジュール)」でアマゾンに次ぐナンバー2の座を揺るぎないものにした。IBMは依然として市場シェアでグーグルを上回る。ほかの企業もさらなるシェア獲得を目指して、クラウド事業への投資を強化している。こうして今後数年に及ぶクラウドの覇権争いの舞台は整った。

グリーンはグーグルが劣勢に立たされているのは百も承知だが、「グーグルには勝つために必要なものがすべて揃っている」と強調する。

「何事にもへこたれない根性、豊富な資金、優れたテクノロジー。それに、私はいつもチャレンジすることを楽しんできました」

ベゾスが掲げるAWSの最終ゴールは、シンプルかつ驚くべきものだ。それは、小売り事業を上回る収益をあげること。アマゾンの経営陣がAWSの計画をひそかに練っていた10年以上前には、誰ひとりとして─ベゾスですら─そんなことが可能だとは思いもしなかっただろう。

アマゾンに追いつけるか

AWSは絶妙なタイミングで登場した。世間ではソーシャルメディアが隆盛し、モバイルスタートアップが次々と生まれていた。サーバーやデータストレージの運用・管理の煩わしさから解放してくれるAWSは、費用と時間をかけずにアプリケーションを構築したい起業家たちの間であっという間に広がった。

アマゾンの経営陣が現在取り組んでいるのは、スタートアップ企業の信用を失わずに、はるかに規模が大きい法人市場にアピールすることだ。

「我が社のほうが御社のような大企業のニーズをよく理解しています」と、大企業への売り込みに余念がないのは、眼鏡に無地の赤いポロシャツがトレードマークのヒョロっとした男性、マイクロソフトのスコット・ガスリーだ。

ガスリーは、クラウド&エンタープライズ部門の責任者としてマイクロソフトのクラウド関連事業のすべてを取り仕切っている。CEOのナデラに次ぐナンバー2のポジションにいることはほぼ間違いないだろう。ガスリーは、「アマゾンのAWSから我が社のAzureへ移行するユーザーは多い。対戦成績で見れば、我々はかなり健闘している」と話す。

マイクロソフトは30年に及ぶ法人向けサービスの実績を強調し、Office 365などの人気サービスとの抱き合わせでAzureを提供している。ガスリーは、「法人向けサービスの体制が整っている点で、マイクロソフトはアマゾンとの大きな差別化を図れる」と胸を張る。その例として、世界32カ所で展開するデータリージョン(アマゾンは13カ所)、高度なセキュリティ、世界中で高まるプライバシーへの懸念に対処するため、データの保存場所をユーザーが自由に選択できるサービスなどを挙げる。

市場シェアの差を考えれば、マイクロソフトがアマゾンを追い越すにはまだまだ時間がかかるだろう。マイクロソフトはAzureの売上高を公表していないが、アナリストはAzureの市場シェアは約9%で、AWSの3分の1にも満たないと見積もっている。

だがガスリーによれば、Azureはユーザー数と売上高において年率100%を超える成長を示し、毎月12万件のサブスクリプションが追加されているという。またITベンダー300社以上のCIOやCTOを対象に今年4月に実施されたアンケート調査では、Azureを導入する企業数が前年のAWSと比較して速いペースで増えていることも明らかになった。
 
一方、グーグルがアマゾンやマイクロソフトと肩を並べる存在になるのは簡単ではない。それでもグリーンは技術、製品、営業&マーケティングの各部門を統合し、グーグル始まって以来の独立したクラウド事業部門を新設。マイクロソフトのガスリー同様、グリーンもグーグルの優れたテクノロジー(アナリティクス、機械翻訳、音声認識、地図など)を提供することで、顧客を取り込もうと考えている。

こうした積極的な営業活動によって、グーグルはIT企業から一定の支持を得ている。AWSの顧客である音楽配信サービス「Spotify(スポティファイ)」は今年、一部の機能をグーグルのプラットフォームに移行した。さらにグーグルはビッグデータ処理という強みを武器に、コカ・コーラやディズニーといった大手企業との契約も進めている。

しかし長期的には、クラウドの覇権争いでアマゾンの最大の脅威になる可能性が高いのはマイクロソフトだろう。マイクロソフトのAzureは一貫して高い成長率を示し、経営陣もクラウドの戦略的重要性を認識している。Azure上に新たに作られた仮想マシンの約3分の1がリナックスであることからも、マイクロソフトが徐々に「ウィンドウズ独占」というイメージを払拭しようとしていることはわかる。そして、アマゾンと互角に戦える販売体制やパートナー企業とのネットワークも着々と整えている。

AWSにも弱点はあるはずだ。20%を超える利益率を維持している同社には、「割高な料金を設定している」との批判もある。グーグルやマイクロソフトを脅威だと感じる企業は以前から多かったが、アマゾンもその例外ではない。アマゾンがオンライン小売り市場で圧倒的なシェアを誇っているため、AWSを敬遠する企業もあるだろう。

もっとも、グーグルが本当に顧客の支持を集め、マイクロソフトが多少なりともアマゾンとの差を縮められるなら、このクラウド戦争で恩恵を最も受けるのは賢明な顧客企業となるだろう。マイクロソフトのAzureに勝ち目はあるかという問いに対して、ガスリーはこう答えた。

「このクラウド競争の本当の勝者が『顧客』になればいいですよね」

ダイアン・グリーン◎ヴイエムウェアの共同創業者・元CEOとして知られる著名な女性実業家。2012年よりグーグル(現在は親会社「アルファベット」)の取締役を務め、2015年よりグーグルのクラウド部門を統括する。61歳。

ウェルナー・ヴォーゲルズ◎アマゾンの最高技術責任者(CTO)であり、AWS事業の生みの親。2014年に米ExecRank社が「最強のCTO」に選出するなど、クラウド業界で最も影響力のある人物として知られる。オランダ・アムステルダム出身。57歳。

スコット・ガスリー◎マイクロソフトの実質的ナンバー2と目される人物。クラウド&エンタープライズ部門を統括し、法人向けクラウド市場でAWSを猛追する。Webアプリケーションフレームワーク「ASP.NET」の開発者として有名。41歳。