東京と地方、地域間格差を縮めるために必要なこと[川村雄介の飛耳長目]

写真拡大

いづれんみかどんみよんごどだったんだべがにょうごこういっとふったひどだちがいっぱいつげでらったそんながさ……。原典には「いづれの御時にか女御更衣あまた候ひ給ひける中に」とある。源氏物語桐壷の書き出しだ。会津弁で現代訳すると冒頭のようになるという。

40年来の友人、長尾修一君は源氏物語の全巻会津弁訳をライフワークにして、福島県は大沼郡会津美里町に寓居を構えている。10年前に東京から草深い郷里に戻り、陶器を焼きながら日本の古典研究に没頭していた。

そんな彼を襲ったのがマグニチュード9.0の東日本大震災だった。この大震災による県内の死者はこれまでに3,893人、公共施設の被害報告額だけでも約6,000億円に及んだ。長尾君自身は難を免れたが、中通りの親戚たちが深刻な被害に遭った。なかでも甘い香り高さを誇った桃園は、いまだに立ち直れずにいる。他県産品の3割ほど安くしないと売れないのである。

福島県の経済はマクロの数字の上ではようやく回復してきた観がある。県内総生産は震災以前の水準に至り、震災の年に全国平均より15%余りも下回った一人当たり県民所得も、現在はほぼ全国平均の水準になっている。

だが、福島が厳しい状況に置かれていることに変わりはない。総人口は震災前の2010年から11万人も減少し、避難者数はようやく10万人を下回り始めたところである。

農業産出額は震災前より2割、林業産出額は3割、漁業生産額は5割以上も減っている。生産量もさることながら、風評被害が主因と思われる農産物の価格下落が痛い。桃を筆頭に、全国平均に比べて米も和牛も1割方低価格を強いられている。

製造業等の生産状況も、依然として震災前のレベルまで回復していない。震災前の年を100としてみた鉱工業生産指数はいまだ88にとどまっている。生産出荷額はほぼ震災前の水準まで回復してきたが、地域別にみると原発事故によって避難を強いられた双葉郡などは震災前のわずか1割の水準で呻吟している。有効求人倍率は全体では高水準にあるものの、専門技術・医療・介護等の分野で人手不足が顕著である。

地震そのものによる被害はこの春の熊本地震も深刻だったが、福島ではさらに原子力災害が復興を格段に困難なものにしてしまった。政府と関係者は必死の環境回復に努めており、住宅と公共施設のほぼ9割の除染が進んでいる。巨額の予算措置がとられ交付金も多方面の分野に配分されている。とはいえ完全復興までには少なからぬ時日が必要だろう。

かねてから東京と地方の格差拡大が問題視されているなかで、激甚災害に見舞われかつ現在なお風評被害に苦しむ福島の姿は、地方再生のテーマをある意味で凝縮しているのかもしれない。

大和総研の最近の調査によると、日本国内のいわゆる地域間格差は実は縮小傾向にある。一人当たりの県民所得ギャップは、過去約60年間で関東、中部、東海の多くの県が東京との差を大幅に縮めている。近畿圏や北海道などでは東京との差が拡大傾向にあるものの、日本全体でみると東京と地方の所得格差は小さくなってきた。

子細に分析すると、所得格差を縮小させてきた地方は製造業への特化を進めている。反対に格差を広げてしまった地方では農林水産業への特化が進んでいるのだが、生産、流通、販売のシナージー効果を生んでおらず域外で稼ぐ力が弱い。

福島はどうか。マクロの係数が一見好調に見える要因は、建設業と運輸・通信業それに政府サービス生産者の寄与が大きいからである。復興と言うよりも復旧効果だろう。製造業の伸びは今一つだ。伝統的な農業県だが、現状ではその地力も発揮できていない。

これらから導かれる方向性は明白だ。高付加価値製造業のいっそうの集積・拡大と稼げる農林水産業の推進である。それには、被災地である福島の課題をわが身のこととして捉えられるかどうか、というメンタリティが決め手になる。風評を流す輩など論外だ。

ジャーナリストの浪川攻氏は新宿育ち。東日本大震災の直後に福島に入った。その後、飯館村でのボランティア活動は数十回をくだらない。むろんすべて手弁当である。同村から名誉町民の「までい大使」(までいとは”大切な”という意味)に任命された浪川氏は呟いた。「あの報道画面を見た刹那、見てられなくなり、気づいたら福島にいる。そういうもんじゃないですか」。

川村雄介◎1953年、神奈川県生まれ。大和証券入社、シンジケート部長などを経て長崎大学経済学部教授に。現職は大和総研副理事長。クールジャパン機構社外取締役、南開大学客員教授を兼務。政府審議会委員も多数兼任。『最新 証券市場』など著書多数。