これまでたびたびアメリカ大統領の行方についての考察を重ねてきた無料メルマガ『ロシア政治経済ジャーナル』の著者・北野幸伯さん。今回、世界が仰天する選挙結果を受け、モスクワ在住の北野さんは、「トランプ当選を最も喜んでいるのはロシアである」と断言、さらにトランプ大統領の登場を喜ぶ国・悲しむ国それぞれの今後について、アメリカとの力関係も踏まえながら占っています。

トランプ当選を喜んだ国、悲しんだ国

皆さんご存知のように、トランプさんがアメリカ大統領選挙で勝利しました。今回は、「トランプ当選を喜んだ国、悲しんだ国」について考えてみましょう。

喜ぶロシア

喜んだ国、筆頭はロシアです。

2014年3月のクリミア併合以降、ロシアは制裁下にあります。アメリカ、欧州、日本などが制裁中。つまり、世界GDPの半分以上から制裁されていることになる。さらに、原油安、ルーブル安で、ロシア経済はかなり深刻な状況にあります。

トランプさんは、最後まで「プーチンと協力したほうがいい」という姿勢を崩しませんでした。一方、ヒラリーさんは、おそらくトランプの支持率を下げるために、「トランプはプーチンに操られている!」と批判した。そして、トランプの「ボス」であるプーチンのことを熱心に悪魔化していました。だから、ロシア国民は、トランプ勝利を、心から喜んだのです。

おととい、ロシアの民放最大手NTVのニュースを見ていると、「トランプ勝利!」を伝える記者の目が喜びで潤んでいました。ロシアは、トランプ勝利を世界で一番喜んだ国でしょう。アメリカですら、ヒラリー支持者は悲しんだ。ロシアでは、「ほぼ全国民がトランプ勝利を喜んだ」と言えると思います。

喜ぶイスラエル

オバマ時代、冷遇された国の筆頭はイスラエルでしょう。オバマは、2013年9月、シリア攻撃をドタキャンした。そして、イスラエルからみると最悪なのは、2015年7月、イランと核合意した、要するにオバマは、イスラエルの宿敵と和解している。オバマ時代は、イスラエルにとって、まさに「悪夢の時代」でした。

トランプはどうなのでしょうか? トランプの娘のイヴァンカさんは、「ニューヨーク・オブザーバー」のオーナーでユダヤ人のジャレッド・クシュナーさんと結婚している。そして、イヴァンカさんは、結婚時ユダヤ教に改宗しています。ユダヤ人の定義は、「ユダヤ教徒であること」ですから、イヴァンカさんはユダヤ人。イヴァンカさんには、3人子供(=トランプの孫)がいますが、彼らも皆ユダヤ人。

トランプさんは、イスラエルのネタニヤフ首相とも非常に仲がいい。そして、トランプさんは、「われわれはイスラエルのために永遠に戦う!」と宣言している。だから、ネタニヤフ首相、イスラエル・ロビーは大喜びでしょう。

そして、逆に悲しんでいるのがイラン。トランプさんは、「イランとの核合意を破棄する!」と宣言しています。シリアに関しては、「アサドのほうがISよりマシ」という立場。「プーチンにISを退治してもらえ!」ということで、アサドはサバイバルする可能性があります。

そして、同じ中東でオバマに冷遇されたのがサウジアラビア。トランプさん、サウジアラビアには愛着がなく、日本、韓国、NATO諸国と同じように、「もっと金を出せ!」と言っています。

ちなみに、オバマさんが中東への関心をなくしたのは、「シェール革命」でアメリカが世界一の産油、産ガス国になったから。もはや「資源たっぷり中東は必要ない」ということなのです。

悲しむ欧州

トランプ勝利に衝撃を受け、悲しんでいるのが欧州です。イギリス、フランス、ドイツなど大国のリーダーたちは、「ヒラリー勝利」を疑っていませんでした。それで、過去トランプさんについて、小バカにしたようなコメントを出していた。

トランプは、「NATO加盟国にもっと金を払わせる!」と宣言している。欧州経済も、かなり厳しい状況ですから、金を出したくないでしょう。

そうはいっても、アメリカの干渉が減ることで、欧州は逆に平和になる可能性があります。つまり、トランプ・アメリカとプーチン・ロシアが和解する。そうすると、欧州とロシアの対立も解消されるかもしれません。

しかし、そのとき犠牲になるのが、ウクライナです。クリミアを奪われ、東部ドネツク州、ルガンスク州は事実上分離独立状態にある。欧米に利用され、そして米ロ和解によって捨てられる。哀れです。

複雑な中国

では、中国はどうでしょうか?

トランプは一般的に「反中」だと思われています。実際、こんなことを言っています。「彼らの指導者たちは我々の指導者たちよりも遥かに、うんざりするぐらい、上手くやっている。彼らはあらゆるものを作り変えている。彼らは我々を殺そうとしてるが、私は彼らを撃退する」。

ところが、一方で「中国は偉大だ!」「中国が好きだ!」「中国ともっとビジネスをするべきだ!」などという発言もしばしばしています。そして、トランプさんは、中国ともかなりビジネスをしている。

AFP 2016年10月18日

 

トランプ氏は選挙運動で中国について、ゆがんだ貿易政策と為替操作によって米国から数百万人分の雇用を奪ったと繰り返し非難してきた。

 

一方で、中国に対するダブルスタンダードとたびたび批判を浴び、国外での取引に起因する利害対立に疑問が呈されている。

トランプ氏は自身が関わる事業に関して、米国以外で121件あり、それには中国の事業が「多数」含まれると語っている。

というわけで、トランプさん、中国に関しては複雑みたいです。中国を叩きすぎれば、自分のビジネスに問題が起こってくるかもしれない。トランプさんがこんななので、中国自体も複雑なのでしょう。

ちなみにトランプさん、経済がらみでしばしば中国のことを批判します。しかし、「南シナ海」など安全保障面の話はほとんどしていません。そもそも「関心がないのではないか?」と心配になります。

アメリカが、フィリピン、ベトナム、台湾、韓国などを見捨てれば、日本も安心していられませんね。

日本は?

日本政府も、全世界のほとんどの国と同じように、「ヒラリーさんが勝つ」と確信していました。トランプさんを無視しつづけたことで、野党は安倍内閣を批判しています。しかし、「トランプは勝たない」と思っていたのは、他の国々も同様ですので、安倍総理が特に先見性がなかったとは言えません。

トランプさんは、「日本がもっと金を出さなければ、米軍を撤退させる!」「日本が核兵器を保有するのは悪いことではない!」と言う人。それで、日本政府、トランプ勝利を「喜んだか? 悲しんだか?」と聞かれれば、「悲しんだ」ことでしょう。そうは言っても、トランプさん、来年初には大統領になります。安倍総理は、トランプさんとの関係構築に取り組んでいただきたい。

既述のように、トランプさんの勝利はほとんどの国にとって驚きのできごと。彼とまともに関係を構築している国は、イスラエルぐらいしかありません。ですから、「出遅れた!」とがっかりせず、今からがんばっていただきたいと思います。

image by: Flickr

 

『ロシア政治経済ジャーナル』

著者/北野幸伯

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出典元:まぐまぐニュース!