日本において、人生の「得」と「損」は何でしょうか?資料写真。

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日本において、人生の「得」と「損」は何でしょうか?

私は中国の大学のマスコミ専攻を卒業した後、数年間中国の新聞社に勤めた。社会主義と資本主義のジャーナリズム理論を両方把握してみたいとの思いから、日本留学の道を選んだ。日本での暮らしは十数年になり、時には冒頭のように自問していた。

今、年に多くても2〜3週間ぐらいしか中国に滞在しない。ほかの時間はほぼ日本で過ごす。かつて中国滞在中に、元上司に「もし君が中国を去らなかったら、現在、君の経済力は日本にいるよりもっと高いのではないか」と言われた。その瞬間、正に私の人生の「損」が指摘されたような気がした。それは否定しない。昔の同僚たちの暮らしぶりは豊かである。2、3か所の高額物件を所有する人も少なくない。

一つの例を挙げよう。2002年、中国の文化財保護法が改正され、個人でも文化財を自由に売買できるようになった。その時から、中国のある古き友人が頻繁に日本と中国を行き来している。日本で「宝を探す旅」を続け、いわゆる、日本にある中国の古美術品を買収し、中国に持ち帰り高値で売るという仕事をしている。このような仕事を十年間続けたことで、億万長者になった。その友人は日本語をあんまり喋れない。いつも通訳者を雇って、文化財所有者の自宅を訪問、或いはオークションでパドルを挙げる…。

私は、友人に「なぜ、そんなに早くそのビジネスチャンスを掴んだのか」と聞いた。「中国では、お金を儲ける情報はとても大切だ。自分が「これは儲かる!」と判断したら、すぐに行動しなければならない。ちょっとでも遅くなると、あっという間に大勢の人に追い抜かれる」という答えであった。確かに、現在は中国人観光客に向けの「古美術品探し旅ツアー」も開催されているほどの人気ぶりである。

その抜群なビジネス感覚を敬服せずにいられない。自分は日本で暮らしていて、日本語ができるのに、なぜ「古美術品」という「富」を掴められなかったのか、こんな自嘲をしてもしょうがない。勿論、私のビジネススキルは友人にちっとも及ばない。

中国に帰って、「日本の暮らしはどうですか」と親友に聞かれたら、私は「日本の生活は相変わらず平凡で…」と答える。ただ、親友たちはいつもさまざまな情報を教えてくれた。別荘を買ったとか、株を売ったとか、高級車を買ったとか、再婚したとか…私は親友との情報交換はかなり非対称状態になっている。特にお金に関する情報に皆が興味津々で、堂々と自分の財産を明言する人が少なくない。久しぶりに会う友達の典型的な挨拶は「どこでお金を儲けているの?」である。そう言えば、私が中国と離れた十数年間、中国は確かに著しく変わった。この中で一番変化するのは、人の心であるかもしれない。自信と緊張感に満ち溢れる人たちである。

日本のマスコミはよく「激動の中国」という表現を使っている。現在の中国は、確かに「激動」という形容詞が相応しい。例えば「激動の時代」や「激動の人々」等の言葉である。

近年、中国にいる知り合いの多くが日本旅行に来ている。「日本と中国の距離が段々縮まってくる。大都市の風景が段々似てくる」という見方をする人が増えている。国のGDPで言えば、中国は既に日本を超えた。しかし、庶民の暮らしは、ただの数字では説明しきれない。

さて、現在の中国と日本の「差」はどこにあるのか。そういう質問を、私は日中両国の友人に尋ねる。よく一致することは、中国と日本の「差」が細部にあるということ。長年中国で仕事している日本人のビジネスマンの見解によると、中国の都市発展はとにかく拡大志向・開発志向で、ずっと華やかで現代的だが、細部と人に配慮する日本とは方向が違う。