【1度は行きたいドライブスポット】  長崎・佐世保編

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「日本遺産」に認定された佐世保を行く

富士山、富岡製糸場、明治日本の産業革命遺産、ル・コルビュジエの建築作品と、ここ数年にわたり、日本国内でもその登録が大きく採り上げられている世界遺産。ユネスコが認定し、すでに1000件を上回る登録がなされている。世界遺産は文化・自然・複合の3つに分類されるが、日本国内では、現在16の世界文化遺産と4つの世界自然遺産が登録されている。

その世界遺産とはちょっと異なる日本遺産なるものが存在する。

日本遺産とは、文化庁が認定するもので、地域の歴史的魅力や特色を通じて我が国の文化・伝統を語るストーリーをもっている遺産である。文化財(文化遺産)の価値付けと保護を担保することを目的とする世界遺産登録や文化財指定とは異なり、日本遺産は、地域に点在する遺産を「面」として地域活性化を図ることを目的としている。

そのストーリーは、3つのポイントを踏まえた内容となる。歴史的経緯や地域の風土に根ざし世代を超えて受け継がれている伝承や風習等を踏まえていること。その中核には、建造物や遺跡・名勝地、祭りなど、地域に根ざして継承・保存がなされている文化財にまつわるものが据えられていること。さらに、単に地域の歴史や文化財の価値を解説するだけのものになっていないことが必要なのだ。

地域に受け継がれている有形・無形のあらゆる文化財を対象とすることができるが、そのなかに国指定・選定文化財を必ず一つは含める必要がある。そして単一の市町村内でストーリーが完結する「地域型」と複数の市町村にまたがる「シリアル型(ネットワーク型)」の2つのタイプがある。

その選定は昨年の4月から始まっており、昨年すでに18のストーリーが認定されており、2年目となる2016年度には19のストーリーが認定された。

その中には、「四国遍路(回遊型巡礼路と独自の巡礼文化/愛媛県・高知県・徳島県・香川県各県内57市町村)」、「日本茶800年の歴史散歩(京都府宇治市、城陽市、八幡市、京田辺市、木津川市、久御山町、井手町、宇治田原町、笠置町、和束町、精華町、南山城村)」のようなメジャーなものから、あまり知られていないものまでさまざま。

これまで33の府県(延べでは48府県)が関わっているが、そのうち3つの日本遺産をもつのが、神奈川、広島、長崎の3県である。その3県ともにまたがって京都府も含めて認定されたのが、「鎮守府 横須賀・呉・佐世保・舞鶴〜日本近代化の躍動を体感できるまち〜」である。

歴史を感じつつ最新の艦艇が見られる軍港

横須賀・呉・佐世保・舞鶴というのは、明治時代、西欧列強と渡り合うために海防力を高めるために整備された「富国強兵」のために大きく進化した軍港都市である。それまでひっそりとした漁村だった場所に、巨額の予算と人と先端技術を投入し、水道、鉄道といったインフラ整備を行ったことで日本の近代化をけん引した都市ともいえる。

明治17年(1884年)の横須賀(第一海軍区)を皮切りに、明治22年に呉(第二海軍区)と佐世保(第三海軍区)、明治34年に舞鶴(第四海軍区)で鎮守府を開庁。周辺海域をこの4府で分割して管轄する海の防衛体制を確立。

鎮守府(ちんじゅふ)とは軍港に置かれた海軍の本拠地のことを指し、各海軍区の防備はもちろん、艦艇の建造・修理、兵器の製造を行なう海軍工廠や海軍病院、軍港水道といった、多くの施設の運営と監督を担当していた。

4つの軍港は、周囲を急峻な山に囲まれ、外敵の侵入を拒む湾口と深い水深の穏やかな入江といった条件で選定されている。その軍港の建設からすでに100年以上が経過しているものの、港のドックや埠頭など、今もなお現役で稼働する施設も多く、れんが倉庫や港を守る丘の上の要塞跡など、旧軍港四市には当時の景観が数多く残っている。

今回訪れた佐世保には、海上自衛隊、海上保安庁、アメリカ海軍があって、旧佐世保海軍工廠の施設を引き継いだ佐世保重工業佐世保造船所(通称SSK)も隣接する。

見どころはたくさんあるが、やはりクルーズ船に乗って海から眺めるのが一番だろう。

「ちょうかい」と「あしがら」という2隻の護衛艦が並んで停泊していた。2隻はともにイージス艦である。日本が保有するイージス艦は6隻しかないので、そのうちの2隻を同時に見ることができるのは稀だ。ほかにはむらさめ型護衛艦の4番艦「きりさめ」も見ることができた。また、米海軍の施設前には小銃を装備したパトロール船も巡回する。

佐世保海上保安部の巡視船PM95「あまみ」も見ることができた。2001年12月22日の九州南西海域工作船事件で不審船から銃撃を受けた船体そのもの(当時名瀬海上保安部所属)である。

エア・クッション型揚陸艇(上陸用舟艇)のエルキャックは「Landing Craft Air Cushion」の頭文字からLCACと呼ばれているのだが、いわゆるホバークラフト型の水陸両用艇である。

「SASEBO軍港クルーズ」は、米海軍・海上自衛隊・SSKドック・米海軍貯油施設・海上自衛隊教育隊・海上自衛隊弾薬庫などを見て周るコースが用意されている。 土・日・祝日運行(荒天が予想される場合は運休)。大人(中高生以上)2000円/小人(小学生)1000円となる。

軍港を陸から眺めるクルーズも好評

港を周るクルーズといえば船が定番だが、ここ佐世保では観光バスで陸上からぐるりと巡るバスが運行されている。そのSASEBOクルーズバス「海風」は佐世保観光コンベンション協会が催行する周遊観光で、4つのコースが用意されているが、「海軍さんの港まち」というタイトルで、いずれのコースでもこの軍港のまわりを周遊してくれる。

使用するバスは、フロントには碇形のエンブレムを装着した、海のクルーザーをイメージした豪華オリジナルバス。ベースは日野のセレガだが、クルーザーをイメージしたという内装は、間接照明に、本革シート、さらに天然木も使用した豪華仕様。車両価格はじつに6000万円だという。

巨大なSSKの250トン級クレーン「ジャイアント・カンチレバー・クレーン」や赤レンガ倉庫群、そしてSSKの第4ドックをバスから降りて実際に見下ろしてみることができる。また、佐世保港の反対側に広がる九十九島が一望できるポイントを楽しむこともできる。

アテンダーは海軍をイメージした制服が特徴。運行は1日3便。基本的には木曜日以外毎日運行(不定期の運休日あり)。佐世保駅みなと口発、大人(中学生以上)1800円/小人(小学生)900円という金額だ。

「新高山登レ一二〇八」を発信したと言われる巨大な3本の柱!

今でこそ、鉄筋コンクリート造は一般的な建築工法だが、明治時代後期となると、まだレンガ造が主流で、コンクリートは最新の技術であった。

この大正11年に完成した佐世保の旧佐世保無線電信所(針尾送信所)施設は、鉄筋コンクリート造で高さ136mにもなる塔である。佐世保市南部の針尾島にあるこの塔は、日本海軍が建設した長波無線通信施設で、三つの無線塔は一辺300mの正三角形の形に配置されており、その中心に半地下式の電信室(通信局舎)がある。もちろんこの3基は、現存する日本最大の通信塔で、国の重要文化財(2013年3月6日指定)である。

この針尾島は、岩盤が九州で1-2を争うほど強固であることや、周囲に高い山がないこと、さらにこの敷地内に民家が4軒しかなかったことなどの理由で、4年の歳月をかけて建設された。日本海軍が船橋(千葉県)、鳳山(台湾)とともに作り上げた無線施設の一つである。深さ約6m、直径約24mの基礎の上に建てられている。塔の直径は12m(地上部)から3m(頂上部)。そのコンクリートの厚さは同じく80cmから23cmとなっている。

内部に入って上を見上げるとわかるが、塔内は空洞となっている。ほぼ同じ塔が3つ建造され、塔の最上部には、18mの正三角形のカンザシと呼ばれた重さ9トンにもなる鉄骨が付属していた(現在は撤去されている)。さらにアンテナ線で中央に建てられ電信室につながっていた。

当時、遠距離無線通信に使われていたのが長波。周波数30〜300キロヘルツの電波で、電離層への反射を利用することで遠距離まで届くのだが、そのために特別に大きいアンテナが必要だったという。主に中国大陸、東南アジア、南太平洋方面に展開する海軍部隊との連絡に使用された。しかし、太平洋戦争時には無線の主流が中波・短波に変わっていったこともあり活躍の機会は減っていったという。

戦後は佐世保海上保安部がこれを使用し、海上自衛隊も発足当時からこれを共同利用という形で使用していた。現在は無線塔としての役割は終えている。無線塔、電信室ともに現存する国内唯一の施設ということになる。

無線塔をよく見るとわかるが、コンクリート打放し仕上げだが、その型枠の跡がよくわかる。これが100段あるという。当時のこの地は陸続きとはなっておらず、このコンクリートの材料はすべて船で運搬しこの高台までトロッコで運び上げたという。これに使われた砂や玉砂利などは丁寧に洗われて使われるなど、非常に丁寧な仕上げとなっているようで、剥離やクラックのようなものはほとんど見られず、100年近く経っていることを感じさせない。まだ100年は大丈夫ではないかともいわれているという。

真珠湾攻撃開始を伝える暗号電文「新高山登レ一二〇八」を中国大陸や南太平洋に展開する部隊に伝えられたと言われているが、それを示す資料は残っていない。

近くでは、穴子天3本で針尾電波塔をイメージした針尾丼(みそ汁付き/980円)も食すことができる(一魚一会/佐世保市針尾東町)。

佐世保に行ったらご当地グルメにも注目!

佐世保にはご当地のグルメも多数存在する。佐世保市の面積の1パーセントが米海軍基地である(地番としてはサンディエゴになるという)こともあり、アメリカ文化が色濃く反映されてもいる。

佐世保バーガー

1950年ごろ、佐世保基地に駐留のアメリカ海軍から直接レシピを聞き販売が始まったのがその起源。佐世保バーガーは総称で、店名やメニューではなく、大きさや中身はお店によってマチマチ。こちらはベーコンエッグバーガー(単品)650円(ビッグマン京町本店/佐世保市上京町7-10)。

レモンステーキ

戦後「ステーキを日本人の口に合うように」と考案された逸品。薄切りの牛肉を熱々の鉄板でジュージュー焼き、レモン風味のしょうゆベースのソースでいただく。この時代屋は、レモンステーキを考案した東島兄弟の弟である東島洋さんが創業した店である。レモンステーキ(スープ、ライス、サラダ付き)1350円(下町の洋食 時代屋/佐世保市吉福町172-1)。

(文・写真:青山義明)