創業114年の木下サーカス

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 サーカスの花形、空中ブランコ。ダイナミックな技の連続に思わず息をのみ、大技が決まると拍手喝采が巻き起こる。

 ひときわ歓声が大きくなるのは目隠しの演技。なんと視界をふさがれた状態で、空中を舞う。夢中になって楽しんでいるのは、瞳をキラキラと輝かせて見つめる子供たちだけではない。大人も興奮して目を見張る。

 明治時代(1902年)に日本初のサーカスとして誕生した「木下サーカス」。創業114年を数えてなお、開場前に入場を待ちわびる家族連れが長い行列をつくる。

 日本でのサーカス最盛期は昭和30年代とされ、当時は全国に30以上あったというが、現在はほぼ消滅している。かつて日本3大サーカスと謳われたキグレサーカスも、6年前に大きな負債を抱えて事業停止。娯楽の多様化に加え、近年ではカナダのシルク・ドゥ・ソレイユなど、海外の現代的なサーカスの台頭もあって、日本のサーカスは淘汰されている。

 そんな中で木下サーカスは、アメリカのリングリング・サーカス、ロシアのボリショイサーカスと並び「世界3大サーカス」の一角をなす。

「波はありますが、業績は常に右肩上がりで年間売上は15億〜20億円。本来は50億〜100億円規模を目指したいところで、それには外国のサーカスのように入場料を高くする方法もあるでしょう。

 ですが、それよりは“ファミリーエンターテインメント”として、気軽に木下サーカスに触れてほしい。企業の利益も大事ですが、来てくださる皆さんの笑顔が一番です」

 こう語る4代目社長・木下唯志氏は、「家族連れが1万円でおつりがくるように」との思いから、入場料を当日券の自由席で大人3000円、子供2000円に設定する。割安な前売り券なら、4人家族が8800円で1日楽しめる。

 とはいえ、安いだけで人は集まらない。今でこそ年間100万〜120万人が訪れるが、26年前に木下氏が4代目を継いだ時、同社の負債額は約10億円。税理士から採算の取れないサーカスを手放すよう助言されたが、「絶対やめない、粘ってみせる」とサーカス経営を続けることにこだわった。

 どうやって返済したのか──木下氏は多くを語らないが、不屈の精神でどんな時も地道に粘ってきたことだけは確かなようだ。

「テントの素材や高さなど、日本では異例づくしで実現するのに苦労しましたが、無理だといわれたからといって諦めませんでした。

 人気者の象も、最初は個人での輸入は不可能だといわれました。動物園経由でも難しいというので、会社の本社がある岡山県の県知事に友好のシンボルとして3か月だけ招聘してもらえるよう、タイ政府と交渉していただいた。

 船の輸送費だけで、1985年当時で片道500万円。大切に世話をして、大切に返しました。それを何度も続けているうちに、3か月の招聘が6か月になり、1年、1年半と延長してもらいました。現在はラオスからの輸入ですが、その積み重ねがあって今も象のショーができるのです」

取材・文■渡部美也 撮影■太田真三

※週刊ポスト2016年11月18日号