■極私的! 月報・青学陸上部 第17回 全日本大学駅伝回顧 後編

 全日本大学駅伝初制覇を狙う青学大は苦しい展開に追い込まれていた。

 2区の田村和希(3年)がトップに立ったが3区で離され、さらに監督が期待した4区安藤悠哉(4年)の走りが伸びなかったのだ。

 5区(11.5km)、小野田勇次(2年)は強い向かい風をものともせず、力強い走りで前を追った。1分以上離れていると前が見えないので気持ち的に難しく、タフな走りが必要だが、単独走は嫌いではない。

 小野田は夏季の妙高3次合宿以降、調子を上げてきた。御嶽2次合宿のクロスカントリー走では体がブレ、顎(あご)が上がり、遅れることが多かった。「体幹が弱く、才能だけで走っている」と佐藤基之トレーナーから指摘されたが、その後は体幹をつくり直し、安定した走りができるようになった。

「夏のクロカンとか、アップ&ダウンがあるとリズムが取れなくて、すぐに疲れてしまうんです。だから夏はキツかった。でも、妙高が終わって疲れが取れてきてからは気持ちよく走れるようになりました。ただ、基本ロードが苦手というか、あまり印象よくないんですよ」

 小野田にはトラウマがあった。

 高校2年の時、8kmのコースを走る中、3kmでガス欠になった。高校3年の時も最初に突っ込んで最後がダメだった。

「高校の時は、そういうレースしか経験していなかったのでロードで走るってことに、あまりいいイメージがなかったんです」

 だが、今年1月の箱根駅伝は難しい6区を一気に駆け抜け、下りのエキスパートとしてその名を上げた。原晋監督も「小野田の走りが大きかった」と、その走りを絶賛した。

 出雲駅伝のメンバーには漏れたが、10月1日の世田谷記録会(5000m)では下田裕太(3年)や田村和を抑えて13 分46秒を出した。全日本駅伝直前の富津合宿でも調子がよく、「小野田と森田(歩希・2年)はいいよ」と原監督は大いに期待していた。

 小野田はその期待を背負い、快走していた。一方、早稲田大の新迫志希も粘り、タイム差がなかなか縮まらない。

「1分7秒差から小野田が20秒以上遅れると、危険水域に入る。ここを頑張って1分差をキープして、森田につなげたい」

 原監督はバスに乗り込む前、祈るようにそう言った。小野田もタイム差を縮め、少しでも追いつこうと懸命に走っていた。

「せめて相手が見えるところまで追い上げたいと思ったんですが、向かい風が強すぎて......。なかなか前に進めずキツかった」

 それでも小野田は区間賞を取る走りで5秒、タイムを縮めた。こうして一人ひとりがコツコツとタイム差を縮めていくことが駅伝での勝利につながる。

 トップの早稲田大との差は1分2秒。

 3位の山梨学院大との差は3分近く開いた。この時点で山梨学院大は優勝戦線から脱落。残り3区間を残して青学大と早稲田大との一騎打ちになった。

 6区(12.3km)、駅伝デビューの森田が勢いよく飛び出した。

 森田は妙高3次選抜合宿の時、原監督が「こいつは来るよ」とベタ誉めしていた選手。選考レースでは12、13番手だったが、原監督が森田を評価するのは腐らずに努力しつづける姿勢だ。森田は中学の5000m記録保持者。高校1年の時には14分18秒84の自己ベストを出したが、それ以降はケガなどがあり、タイムがなかなか伸びなかった。しかし大学2年の7月、世田谷記録会5000mで14分12秒85を出し、自己ベストを更新。さらに10月の世田谷記録会では13分台を出したのである。

「5年間も自己ベストを更新できないと、ふつう腐るもんですよ。でも、森田は我慢してケガにも耐えて自分を乗り越えた。そういう選手は精神的に強い。だから、森田にはすごく期待しています」

 原監督は森田の精神的な強さを評価し、来年は主力になると信じている。その信頼感が、出雲駅伝で快走した茂木亮介や調子が上がっていた田村健人よりも森田を選ぶ要因になった。

 6区の待機所で、森田は緊張していた。

 初駅伝ゆえに無理もないが、こわばった顔を見たサポート役の茂木は「ここで相手を抜いたらヒーローになれるぞ」と笑って声をかけた。森田は「そうですね。ヒーローかぁ」と思わず笑ってしまったという。「茂木さんの言葉で緊張感がほぐれました」とリラックスしてスタートラインにつくことができた。経験のある先輩ランナーのひと言が、初駅伝を走る選手のスイッチをうまく入れたのだ。

 森田は、徐々に差を詰めていた。5km付近では40秒差まで縮めた。バスを降りた原監督は、小関一輝マネージャーに「今、何秒差?」と聞く。

「37秒差です」

 正確なタイム差がすぐに返ってくる。小関がトップとの差を時計で計っているが、寮では稲村健太マネージャーがさらに正確にタイムを計ってノートに書き記している。トップとの差はもちろん、ライバル校とのタイム差も1kmごとに計算する。青学の選手たちはツイッターとLINEでつながっているので、そこでタイム差や待機している選手の情報を流し、共有しているのだ。そして、必要な場合は携帯で連絡を取るようにしている。

 沿道にいるファンの声が大きくなった。トップの早稲田大がやってきた。少し遅れて初駅伝ながら自分のペースを崩さずに快走する森田が目の前を通り過ぎた。

「37秒差だ。行けー!」

 原監督が絶叫した。森田は35分39秒の区間賞を取る見事な走りを見せた。トップの早稲田大との差は37秒。4区安藤のところで最大1分7秒開いた差を小野田と森田で30秒縮めたことになる。

「次の中村はスピードランナーだし、(アンカーの)一色に30秒以内でつないでくれたら絶対に勝てる」 

 原監督の表情にその自信が宿った。一時は敗戦を覚悟したように厳しい表情を見せていたが、小野田と森田の激走で状況が好転し始めた。つなぎの区間を走る選手の組み合わせと起用がピタリとハマったのだ。

 

 7区(11.9km)の中村祐紀(3年)は、大の負けず嫌いである。内に秘めるタイプではなく、気持ちが走りに出るタイプだ。

 襷(たすき)を受けた中村の視界には、早稲田大の太田智樹の背中が見えていた。待機所で待っている間、サポート役の田村健に「先行されているけど、最初から突っ込まないようにしないと」と語っていたという。しかし、相手が見えれば当然早く追いつきたいと思う。中村祐は自ら言い聞かせていた禁を破り、太田の背中を猛追した。なんと2kmで11秒も縮め、一時は早稲田大との距離をおよそ100m、約20秒差にまで追い上げた。

 しかし、5kmを過ぎて、中村祐の表情が歪み始めた。暑さと向かい風の影響もあるが、序盤のオーバーペースがたたり、ペースがガクンと落ちたのだ。

「5kmまで突っ込み過ぎた。自重してと思っていたけど、背中が見えて追わないわけにはいかなかった。突っ込んだまま最後まで通せれば、区間賞を取れたと思いますが、弱気になってしまった。結果的にアンカーの一色さん頼みにしてしまい、申し訳ないです」

 中村祐は区間5位。早稲田大との差は49秒に開いていた。

 8区(19.7km)、アンカーの一色恭志(4年)は時計を着けずに襷を受けると、落ち着いた様子で、ひたすら前だけを見て走り出した。

 そこには一色のシンプルな考えがあった。見えなければ見えるところまで追いかけて、追いついたら抜く。そこにペースを計る時計など必要はない。1kmを自分のペースで走る感覚は体に染み付いている。まずは相手を目視できるところまでいくと決めた。もちろん、昨年の悔しさを晴らすためでもある。昨年は1区を走ったが2位に終わり、トップでつなぐ流れを作れなかった。

「昨年はなんとなく浮かれた気持ちがあったし、準備不足でした。今年はそういうのを徹底的になくして準備してきたので、絶対に勝たないといけないと思っていました」

 モニターで見る一色は、走ることだけに集中しているようだ。トップアスリートが極限の集中状態に入り、ハイパフォーマンスを発揮することを"ゾーンに入る"というが、まさにそんな感じだ。

 そうしてヒタヒタとまるで猛獣が獲物を追い詰めるように、早稲田大との間合いを詰めていった。

「ちょっと離れて距離を置いたところから抜かした方が相手は精神的に追い詰められると思うんです。だから5km過ぎで相手が見える位置に追いついて、6kmぐらいから抜いていこうかなと思いました」

 早稲田大のアンカー安井雄一は背後が気になるらしく、後ろを気にする素振りを見せた。一色は6kmで安井に追いつくと、何ごともなかったかのように前に出た。そのままペースを落とさず、7kmを越えた時点で7秒差がついていた。

 この時、原監督はモニターを見てホッとしていたという。中村祐は伸びなかったが、1分以内でアンカーにつなげた。最大のライバルだった山梨学院大は5、6、7区で遅れて、アンカーのドミニク・ニャイロと一色の差は2分40秒になっていた。これではいくら大学最速ランナーでも追いつくのは難しい。強敵は"つなぎ"の3区間で自滅し、恐いものはなくなった。一色の力を知る原監督に、もはや負ける要素は見つからなかった。

 一色は伊勢路を気持ちよく走っていたが、15kmを過ぎると足に異変が起きた。

「前半、飛ばし過ぎたせいで15kmぐらいから足がつりそうになったんです。最初は左足のふくらはぎから始まって、やべぇって思って走り方を変えたんですけど、今度は臀部とか痛くなって、右のふくらはぎもつってきたんです。全部つったらもう走れないなと思ったので、ラスト3kmからはペースダウンして完走を目指しました」

 なんとかゴールまでもってくれ。走っている間はそれしか考えなかった。沿道のファンが「頑張れ!」「もう少しだ」と声をかけてくれる。

 1年前、先輩の神野大地が2位に終わり、悔し涙にくれる姿を目に焼き付けた。1年後、自らアンカーに立候補した一色はエースの意地とド根性の走りを見せて、トップで戻ってきた。そして、仲間たちの待つゴールへ両手を挙げて飛び込んでいった。2位の早稲田大に56秒差をつける圧巻の走りだった。

「一色くんのスゴさをはじめ、青学大には本当の強さを感じました」

 敗れた早稲田大の相良豊監督は、そう舌を巻いたが、青学大のこの強さは、いったい何なのだろうか――。

 原監督は勝利の要因をこう分析した。

「一色の走りが大きいし、田村もよかったけど、勝てたポイントは5区の小野田と6区の森田のところです。小野田が離されずについていった。あそこで小野田がもう20秒遅れていたら危なかった。小野田がちょっとでも差を詰め、森田がさらに詰めた。ここで差を詰められたことが勝利につながった」

 レース展開やタイムから判断すると、原監督が言うように一色(8区)と田村和(2区)に加え、5、6区の走りが大きかったのは間違いない。また、選手層が厚い、アンカーに大砲がいるなど青学大の強さの要因はいろいろあるだろう。

 だが、もっと大きな視野で見ると、青学大の強さは「健全な競争力」にある。スカウティングでいい選手を集めるだけでは勝てない。大事なことは質の高い選手をいかに成長させていくかだが、その成長を促すのが競争だ。

 

 練習はその質、量とも豊富で非常に厳しく、駅伝の選考基準となる学内TT(タイムトライアル)はふつうの記録会よりもレベルが高い。駅伝メンバーになるための、苛酷な競争がそこにあるのだ。

 ただ、青学大は競争が厳しいだけではない。競争心が強いと仲間同士ギスギスしがちだが、選手はみな仲がいい。彼らは競争心が強いが、レースになると勝利のために団結する。駅伝に勝つことがチームの共通目標として末端にまで浸透しているのだ。健全な競争があるから仲がよく、目標達成のために自分の力を高める努力をしている......だから、強いのだ。

 祝勝会では、原監督が今回、名古屋名物から命名した「エビフライ大作戦」(どこを切ってもおいしくいける)にちなんで、みなでエビフライを食した。指揮官の作戦を真面目にとらえて、最後はジョークに落とし込む。そんな遊び心があるのも青学の余裕だろう。

「これでふたつ(出雲、全日本)取れた。山対策をしっかりして3冠、箱根3連覇を目指しますよ」

 原監督の高らかな必勝宣言が伊勢路の空に響いた。

佐藤 俊●文 text by Sato Shun