写真提供:マイナビニュース

写真拡大

●アップルを著名企業にしたスカリー氏
今や伝説となったアップルの故スティーブ・ジョブズ氏だが、かつてジョブズ氏と蜜月の関係でアップルを率い、そしてジョブズをアップルから追放した男がいたのをご存じだろうか。アップルの3代目CEO、ジョン・スカリー氏だ。そのスカリー氏が来日し、特別講演を行った。巨大企業のCEOを歴任した人物が語るこれからのイノベーションの条件とはどのようなものか。

○ペプシとアップルを世界的企業に引き上げた経営者

ジョン・スカリー氏といえば、古いアップルファンの間では一種の伝説とも言える人物だ。Macの販売を前にプロの経営者を探していたジョブズ氏が、マイケル・ジャクソン氏を起用した広告や比較広告という手法でコカ・コーラとの「コーラ戦争」を制したスカリー氏を「このまま一生砂糖水を売り続けるか、一緒に世界を変えるか」という口説き文句で引き抜き、アップルのCEOに据えた逸話は非常に有名だ。

その後、ジョブズ氏とのコンビでMacを売り出すも、手綱を握りきれないジョブズ氏を追放し、単独でアップルの経営に乗り出す。Macの販売を軌道に乗せるとともに、将来のアップル製品のビジョンとして「Knowledge Navigator」を発表したり、PDAの元祖である「Newton」の開発を推進したり、IBMとアップル、モトローラとの共同で「PowerPC」プロセッサの開発と採用を進めたりするなど、ジョブズ追放後のアップルを世界的なコンピュータ企業に育て上げた。しかし、業績の悪化もあってCEOを解任され、その後は兄弟とともに投資コンサルタント会社を経営している。

スカリー氏は、IT系のメディアなどからは技術的素養がないこと(ジョブズ氏もその点は大差ないのだが)やいくつかの失策を挙げて低い評価を受けることもあるが、前述したKnowledge NavigatorやNewtonといったビジョンはむしろ現代のITシーンを正確に予見していたと言える面もある。何より、ペプシ、アップルという世界有数の企業を相次いで率いた手腕と経験は並大抵のものではないはずだ。

スカリー氏が登壇したのは、ワークスアプリケーションズ主催の「COMPANY Forum2016」の特別セッション(9月28日開催)と、翌29日のキーノートである。日本にはイノベーターと呼べる優秀な人物がたくさんいるものの、世界で勝負できるイノベーションはほとんど起きていないが、イノベーションを起こす条件についてスカリー氏はどう見ているのか。

○顧客中心主義にマインドセットを切り替える

スカリー氏は近著のタイトルでもある「ムーンショット(Moonshot=月面探査ロケットの打ち上げ)」という言葉をとりあげ、「これはもともとジョン・F・ケネディ大統領が1960年代中に月に人類を送り込み、無事地球に帰還させるという野心的な目標を挙げ、成功させたことから、ムーンショットが"将来を描く、斬新で困難な、壮大な目標や挑戦"を表す言葉になった」と話す。「シリコンバレーでは世界が一変するような、影響力が非常に高いイノベーションを意味する言葉でもある」という。

そして現代のムーンショットを成立させる技術として、スカリー氏が挙げるのが、クラウドコンピューティング、IoT、ビッグデータ、モバイル機器だ。これらを活用して新しいビジネスを作り上げていくべきだと説く。

スカリー氏によれば、これまでのビジネスが前年の売上からビジネスプランを立てて予算を積み上げていくものであるのに対し、これからのビジネスは顧客を中心に、顧客が何を求めているかを考えて作る「カスタマープラン」を中心に構築していくべきだという。

●顧客中心に経営を進めていく時代
というのも、これまでと違って顧客は、それぞれがインターネットを通じて自分の意見を発表することができ、またある製品に対しての意見を検索することができるようになっているからだ。顧客自身が市場を左右するパワーを持ち始めているのだ。

アップルやグーグル、フェイスブックといった企業はすでにこうしたカスタマープランへの移行を済ませており、こうした会社は広告を打たなくても顧客が口コミで知名度を上げてくれる。ビジネスプランだけでなく、広告プラン自体もこれまでとは全く異なるものになるわけだ。そして、人工知能の発展によりこれまでとは情報や技術の進化の速度が比べものにならないくらい早く変化していくことを指摘し、顧客の需要や要求もこのスピード感に合わせて素早くなる「緊急性の時代」が訪れるとした。

スカリー氏はこうした新時代に対応できる能力を持つ人々を「適応型イノベーター」(Adaptive Innovator)と定義した。この言葉はスカリー氏の近著『ムーンショット』でも中心に取り上げられている単語で、適応型イノベーターに必要な能力として「点と点を繋げていく力」を挙げ、テクノロジーをアシスタントとして使いこなし、関連性の高い情報を発見し、結びつけ、一つに仕上げていく視点の必要性を説いた。

また、組織には組織の枠を取り払い、必要なときに必要な人材がコラボレーションできる新たな組織作りの必要性を説いた。

そのためには専門性の高い知識を持つことだけでなく、物事を大きく引いて大所高所から見下ろして網羅的に把握し、そこからまた細部に向かって単純化していく「ズーミング」という手法を紹介。日本企業ではこうした考え方が向いているのではないかと結論付けた。

○日本でも適応型イノベーションは可能か

では、イノベーションを起こせるのはどんな人材なのか。その問いに対し、スカリー氏は、ダーウィンの進化論は「強いものが生き残る」のではなく「環境の変化に適応できるものが生き残る」だと指摘、社会の変化に適応していける「適応型イノベーター」がそれに当たるという。

スカリー氏によれば、ジョブズ氏やイーロン・マスク氏、ジェフ・ベゾス氏らといった突出した天才たちはそれまでの社会常識などを打ち壊して新しい時代を創出する「破壊的イノベーター」であり、彼らの世界観は特殊で、誰にでも真似ができるものではないという。これに対し、適応型イノベーターは誰にでもなれるものであり、破壊的イノベーターの考えたことを現実世界に当てはめて実現していくものだとしている。

「日本で適応型イノベーションを起こせる企業は現れるか」という問いに対し、日本にもジョブズが尊敬していたソニーの故盛田昭夫氏などのイノベーターが存在していたし、ユニクロなどの適応型イノベーションを起こした会社があること、ソフトバンクの孫正義会長のような人材がいることを指摘。日本には優秀な人材が揃っているが、イノベーションを起こしにくいのは会社組織が古く、古い組織は「ノー」は言えるが「イエス」が言いにくいことが原因ではないかと分析した。そして企業や組織の中でもリスクをとって新しいことを試してイノベーションを起こすことはできる、日本は実行よりコンセンサスが大事というが、イノベーションでコンセンサスを起こすことが大事ではないかと指摘した。

●お金ではなく何を解決すべきかが先
特別セッションの後、スカリー氏に個別インタビューする機会を得た。一問一答形式でその内容を紹介しよう。

――これまでジョブズなど、多くの経営者やイノベーターと一緒に仕事をされてきたと思いますが、現在の適応型イノベーターの代表例としてはどんな人物を挙げられますか?

現在、投資家、アドバイザーとして多くのプライベートカンパニーのCEOと仕事をしています。その中でインスピレーションをかきたてられるイノベーターということであれば、ゼータインタラクティブのデビット・スタインバーグがその一人です。彼は様々な企業から事業を買収し、10億ドル規模のマーケティング企業に育て上げました。

――日本は適応型イノベーターが力を発揮しにくい環境ではないかと思いますが、ご存知の範囲で日本の企業家・実業家の中で適応型イノベーターと呼べる人はいますか?

ユニクロの柳井社長を挙げます。ユニクロは機能的な素材を取り入れ、現在は世界的ブランドに発展しています。ニューヨークの5番街で最も栄えている店舗が2つあるのをご存知ですか? 1つはApple Store、もう一つがユニクロです。

また、ソフトバンクの孫正義会長も、彼が若い頃からよく知っています。

――これから起業を考える若い人たちや学生は、適応型イノベーターになるためにはどのようなことに気を配っていればいいのでしょうか。また、適応型イノベーターを見分けるにはどうすればいいのでしょうか?

まずは何よりも強い好奇心を持つことです。何にでも熱意を持って接してください。情熱に対して正直であること、インスピレーションを大切にすることです。

多くの成功した人たちと会ってきましたが、彼らが共通して言うことは、本当に大切なことは学校では学べなかったということです。実際に仕事をしてみてわかることはたくさんあります。

――あなたは30年前に現在のことをかなり正確に予見していましたが、20年後、30年後はどのような社会になっていると思いますか?

将来については非常に楽天的に考えています。今、中国、インド、アフリカ、南アメリカ、米国など、世界中で若い起業家たちと話をしています。彼らがやがて産業や政府のリーダーになるのです。彼らの資質の高さを考えれば、どんな難しい問題でも解決できると思っています。

昔、アップルのMacの開発室で、ビル・ゲイツやスティーブ・ジョブズが大義について語っていたことを思い出します。彼らはお金のことは一切話していませんでした。彼らが語っていたのは世界をどうやって変えるかでした。ジョブズはこのとき「知の自転車」、ゲイツは「知のツール」という言葉を使っていました。彼らはパーソナルコンピュータによって、知的労働者に力を与え、世界を変えたいという崇高な大義を持っていたのです。

お金ではなく、何を解決するかを先に考えるべきです。顧客が解決策に満足すれば、お金は後からついてきます。

○スカリー氏に学ぶべきこと

ジョン・スカリー氏はペプシやアップルのCEOとして多くの成功や失敗を経験してきたが、それらの体験を生かして若い起業家と協業するのが楽しくて仕方がないという感じだった。また、専門知識はなくとも、広い見識をもってテクノロジーの本質を理解し、それを誰にでもわかるように翻訳して伝えるという点においては際立って優れた人物であることも感じさせられた。

スカリー氏が提唱する適応型イノベーターというのは、新しい技術を組み合わせたり改良してまったく新しいものを作り上げる日本人に向いたスタイルだとも思われる。国内では何かと閉塞的で悲壮感が漂っているが、スカリー氏のアドバイス通り、日本人の強みをもう一度再評価し、小さな分野にとらわれず、大きな視野で市場を眺めなおしてみることで、新たな突破口が見出せるのではないだろうか。

(海老原昭)