■極私的! 月報・青学陸上部 第16回 全日本大学駅伝回顧 前編

 全日本大学駅伝―――。

 アンカーの一色恭志が49秒差を跳ね返し、さらに1分以上の差を2位の早稲田大につけて伊勢神宮にやってきた。沿道のファンから大きな声援が送られる。

「キョウジ、キョウジ!!」

 各区間を走った仲間たちが一色のチーム内での通称を呼んでエースのゴールを待ちわびている。その刹那、一色は力強い走りで両手を大きく挙げ、ゴールラインを切った。

 8区でまくった鮮やかな逆転優勝。

 青山学院大学は、6回目の出場で悲願の全日本大学駅伝優勝を果たしたのである。

 大会当日午前3時、外はまだ真っ暗だ。

 前日の午後8時に就寝した下田裕太(3年)と田村和希(3年)が起床。体を動かして朝食を摂り、午前6時過ぎに名古屋市内のホテルを出発した。1区を走る下田のサポートにはマネージャーの小関一輝が付き、すでに熱田神宮のテント張りの待合所で待機していた。田村和はサポート役の安藤弘敏コーチとともに2区のスタート地点に向かった。

 熱田神宮の選手のアップスペースには各大学のテントがある。他大学は前面を開いてオープンにしていたが、青学だけが開かずのテントになっていた。その中で下田は入念にストレッチをしていたのだ。スタート20分前、トイレタイムのために外に出てきた。

「あまり寝られなかったなぁ。やっぱり緊張していましたねぇ」

 表情がいつもと異なり、ちょっと硬い。出雲駅伝の時も就寝後、すぐに起きてしまった。上級生としてエース区間の3区を走り、結果を出さないといけない。そのことを意識しすぎるあまり、過度の緊張状態に陥ってしまった。結局、自分の走りができず、「4年生に助けられたので、次(全日本)はリベンジしたい」と、この日を迎えたのだ。

 だが前日、下田を少しナーバスにさせることが起きた。大会では前々日に出走メンバーが発表され、前日の最終メンバー発表の際、3名まで選手を入れ替えることができる。各大学はライバル校の出走メンバーを見て選手を変更するのだが、東洋大は1区をエース服部弾馬(はづま)に変更し、下田にぶつけてきたのだ。想定内のことだったが、下田にとっては服部を意識せざるを得なくなり、駆け引きが重要になってくる。どうレースを展開すべきか。そのことが下田の表情を硬くさせていた。

 午前8時5分、27名の選手がスタートした。熱田神宮前を飛び出した選手を追うように監督が乗ったバスと報道バスが動き出す。

 報道バスは、その名の通り報道陣が乗るバスのことだ。45名ほどのプレスが乗り、いくつかのポイントで停車し、取材ができるようになっている。バスの中にはモニターがあり、レースの中継が見られる。

 1区(14.6km)、下田は中間順位を維持し、周囲の動きに注意を払いながら走っていた。5km15分というスローな展開にペースを上げようと前に出た時もあったが、すぐに中位に戻った。

 レースに変化が起きたのは給水ポイントだった。道路の中央寄りを走っていた下田が給水をしようと歩道側に寄り、取ろうとした瞬間、服部がスパートをかけたのだ。「この瞬間を狙っていた」という服部の仕掛けに下田は驚き、給水を取り損ねてしまった。気温はスタート時点で13度だったが、徐々に上がっていた。

「取れんかったかぁ」

 原晋監督は給水に失敗した下田をモニターで見て、「影響が出んといいけど」と顔をしかめたという。

 1区の途中で監督バスと報道バスが止まり、選手が走ってくるのを待つ。先頭の服部から遅れること20秒、下田がやってきた。

「いいよ、そのまま粘れ!!」

 原監督が大きな声を掛ける。しかし、下田の足取りは重く、前に出ていかない。自分でも歯がゆさを感じているような走りだ。そのままペースが上がらず、下田は予想外の8位に終わったのである。

 いったい下田に何が起きたのか。

「スローな展開からいきなりレースが動いて対応できなかった。給水を取ってからゆっくり上がっていけばよかったのかなと思うんですけど、弾馬(服部)さんがそのままどのくらい突っ込んでいくのかわからなかったので、自分も行くしかないと思い切り付いていったんです。それが響いて後半ペースダウンしてしまいました。

 東洋大は弾馬さんを僕にぶつけてきたけど、なめられているから絶対に勝ってやるくらいの気持ちが必要なんですよ。その気持ちがないことはないけど、言うだけになっている。それじゃダメですし、2年の時は自信を持って何も恐れずに走れたんですけどね。今は上級生になって引っ張っていかないと、という気持ちが強くて。メンタルの問題です」

 下田は悔しさを噛み締めていた。
 
 原監督の序盤の予想は「1区は服部くんが前に出る。15秒ぐらい遅れても2区の田村で取り戻せばいい」というものだった。トップの東洋大との差は30秒。タイム差は少しあったが、展開はほぼ想定内だった。

 2区(13.2km)の田村和は、快調に飛ばしていた。出雲駅伝では2区で区間賞を取り、日体大記録会5000m(10月23日)では自己ベストを更新。大会前の富津合宿でも好調を維持し、一色とともにチーム内で最も頼れる男になっていた。

 その田村が3.9km付近で一気に14秒縮め、3位に上がった。絶好調の走りを見せていたが、後半に向けてひとつだけ不安があった。暑さである。暑さに弱い田村和は、例年、夏季合宿を満足に過ごせず、今年の1次夏季合宿でも倒れた。この日は快晴で、すでに17度を超えていたのだ。

 5km地点でバスが止まった。原監督の表情にも少し余裕が見える。このまま田村和が快走すれば2区で取り戻し、3区で維持し、4区の安藤で突き放せる。原監督の描くプラン通りに流れていきそうな気配だ。

 田村和がやってきた。

「自信持っていけー。給水しっかり取っていけ」

 原監督の強い声が飛んだ。2区の中間地点、ついに田村和がトップを行く早稲田大の平和馬をとらえた。

「10kmぐらいでバテてキツかったけど、ここで負けるわけにはいかない。出雲と同じく絶対にトップに立ってチームに勢いをつけ、同じ3年の吉永に襷(たすき)を渡すんだという気持ちで走っていました」 

 ラスト200m、田村和は襷を握り締め、歯を食いしばり最後の力を振り絞って走った。平との競り合いに負けるわけにはいかない。昨年は最後の競り合いに負けた数秒差が、最後に響いて敗れてしまった。

 田村はさらに加速する。夏季合宿で厳しい練習をやり遂げてきた成果がラストスパートに出た。2区38分7秒、区間賞の走りでトップに立った。

 だが、2位の早稲田大との差はわずか1秒だった。

 3区(9.5km)、吉永竜聖(3年)は早稲田大の鈴木洋平と並走していた。吉永は今回が駅伝デビュー戦になる。原監督が夏季の御嶽2次選抜合宿に抜擢し、下田、田村和、中村祐紀と並ぶ3年生の主力のひとりとして期待していた。出雲駅伝は出番がなかったが、その後の日体大記録会では13分49秒の自己ベストを叩き出した。「吉永すげぇー」と部員から感嘆の声が上がり、原監督もここで全日本駅伝での起用をほぼ決めたという。

 吉永は、緊張していた。

「3区で待っている時、緊張しました。でも、トレーナーの栗城(徳識)さんがこんな緊張できる経験はなかなかない。この緊張も楽しめよと言ってくれて、緊張をほぐしてもらったんです」

 同じ3年生の田村和がラストスパートで競り合ってトップで襷を渡してくれた。「やってやる」と気持ちが高ぶった。しばらくトップで走ったが、1km過ぎに鈴木が前に出ると一気に5秒差をつけられた。

「相手が前に出た時、ついていけなかった。初駅伝で緊張もあって、トップでスタートしたのにいい流れをつなげられなかった。まだまだ力が足りないなぁって思いました」

 中間地点では20秒差まで広げられたが、中継所までに吉永は5秒を取り戻した。早稲田大との差は15秒になっていた。

 4区(14km)は、キャプテンの安藤悠哉(4年)である。

 前々日会見で、原監督は大会のキーマンに安藤の名前を挙げていた。出雲駅伝では5区を担った。最後のラストスパートで襷を握り締めて必死に走る姿は4年生の意地を見せ、アンカーの一色を奮い立たせた。その後も日体大記録会では13分51秒66で自己ベストを更新。競技人生は今年度で最後となり、表舞台で走るのは全日本と箱根の2本だけになったが、「いい練習が積めているので、出雲の時のように自分の力を発揮するだけです」と気負いもなく、ベストの状態で全日本に入ることができた。原監督も「春先のケガや就活で苦労して成長した。全日本でも気持ちの入った走りをしてくれるでしょう」と、安藤の快走を期待していた。

 実際、出足は悪くなかった。

 1kmを2分43秒で走り、5秒ほど差を詰めた。「さすがは安藤、出雲の再現か」と選手たち、監督、関係者は腰を浮かしたことだろう。だが、早稲田大の永山博基がペースを上げると安藤はついていけず、遅れ出した。 

 中継点前でバスが止まった。原監督と顔を見合わすと表情を曇らせた。

「うーん、3区がちょっと誤算やったな。15秒開いてキャプテンがやってくれるかなぁと思ったけど。今、何秒開いている?」

 マネージャーの小関に聞く。

「今20秒です。(3位の)山梨とは36秒差です」

「早稲田とは差が開いたかぁ。早稲田は調整バッチリだなぁ。あとは山梨さんが来ているからそこだな。8区までに、後続に1分以上差を広げておかないとアンカーが苦しくなる。なんとか早稲田と山梨さんの流れを断ち切らないといかんね」

 原監督は、苦渋の表情を浮かべていた。まさかの展開だった。

 プランでは4区の安藤で突き放し、独走に入る予定だった。だが、安藤の走りが伸びず、逆に早稲田大に離され、山梨学院大には追い上げられている。駅伝はフタを開けてみないと何が起こるかわからないと言われるが、まさにその通りの予期せぬ展開になっていた。 

 目の前を安藤が駆けていった。

「うーん、走らんなぁ」

 原監督は独り言のように呟き、安藤の後ろ姿をしばらく見つめていた。

 監督、報道陣ともにバスに乗り込み、5区の8km地点に向かった。バスのモニター画面には表情を歪め、口を開け、苦しそうに走る安藤の姿が映し出されている。下田につづき安藤にもいったい何が起きているのだろうか。バス内では安藤の不振にどよめきの声が起こる。

 安藤は最後までペースが上がらず、区間5位に終わった。

 トップの早稲田大とはタイム差が1分7秒と開き、一方でアンカーに大砲ドミニク・ニャイロが待つ3位の山梨学院大との差は46秒に広げた。4区を終わって青学大は正念場を迎えたのである。 

(つづく)

佐藤 俊●文 text by Sato Shun