今年9月のリオパラリンピックの水泳で、金メダルを手にしたエリー・コール(オーストラリア)と、メダル獲得はならなかったものの、初めてのパラリンピック出場で健闘した19歳の一ノ瀬メイ(近畿大)。(障がいの種類や程度によって分けられる)同じ障がいクラスの2人が語る、パラリンピックの独特な雰囲気、そして4年後への思いとは?

―― 北京、ロンドンに続きリオが3度目のパラリンピックだったエリー選手、初出場のメイ選手。それぞれのリオはどんな場所でしたか?

一ノ瀬メイ(以下一ノ瀬):私にとってリオは初めてのパラリンピック。小さいころからこの舞台を目標にしてきたわけなんですが、ずっと先輩方から『パラリンピックは別格』と聞いていました。その意味は、もちろん頭ではなんとなくわかっていたんですけど、実際に出場してみないとわからないことがすごくありましたね。なんで先輩方が、どんなに練習がキツくてもパラリンピックでメダルを獲りたいと思うのか感じたし、表彰台に上がることがどれだけすごいことなのかも感じ取りました。

エリー・コール(以下エリー):4年前のロンドンで金メダルを獲得して、リオでは追われる立場だったので、今までに感じたことのないプレッシャーを感じていました。試合は本当に緊張しましたね。そのせいで不本意な試合が続きました。自分の実力を発揮できるのは、やっぱりリラックスしているときですからね。1位でゴールした100m背泳ぎは『ダメでもしょうがない』と言い聞かせて臨みました。その結果、試合を楽しむことができて自分の持っている力を出せたんです。

一ノ瀬:すごいなぁ。私は本当に緊張していて......。自分でも把握できないような緊張と不安で自分の身体じゃないみたいでした。ずっとパラリンピックに出場することが目標だったというのもあって、レースの初日はこの舞台に立っていることすらよくわからず、地に足が着いていない状態で。でも、私は8種目にエントリーしていたので、レースを重ねるごとに少しは自分をコントロールできるようになったかな。

エリー:北京、ロンドンも出場したから言えるのだけど、リオは観客もすごかった。

一ノ瀬:本当は、スタート台に立って笛が鳴るまで会場は静かでなければならないんですけど、みんなが『わぁ』って声を出すから、スタートが何回もやり直しになってしまって。それくらい歓声がすごかったです。今までこんなに応援されたことがなかったので、なんというか戸惑いもありました。

エリー:やはり印象深いのは、4年前に経験したロンドンパラリンピック。あの会場の雰囲気ったら、本当に素晴らしくて。プールを囲んでスタンドがぐるっと一周していたから、歓声がすごく響いていたんです。今回のリオでは客席のスタンドは片側だけだったけれど、ロンドンに負けないくらいの大歓声を感じましたね。そんななか金メダルを獲ることができ、表彰台では思わず涙が出ました。

一ノ瀬:エリーさんや1位の選手が表彰台に上っている姿は、すごくかっこよかったです。今回、私は決勝進出を目標にしていたんですけど、達成できず、すごく悔しい思いをしました。表彰台は自分も立ちたい場所なので、自分がそこに立てなかった悔しさもあったんですけど......。ただただかっこいいなって。自分も強くなってあんな風になりたいなと思いました。

エリー:でもね、実は私、国歌を聴いているときにマスカラが落ちて黒い涙を流してしまったの。(パラリンピックに3度出場しているベテランではなく)まるでルーキーのようなミスだったわ(笑)。表彰台の記録って一生残るものなのに......。とにかく、メイが表彰台に上がるときは、必ずウォータープルーフのマスカラを選んで(笑)。

一ノ瀬:先輩からのアドバイス、しっかり学びたいと思います(笑)。海外の選手と会うのは年に数回で選手同士なかなか話す機会はないんですが、同じS9クラスのトップ選手であるエリーさんと、こうしていろいろ話せてうれしいですね。

―― この10月、エリー選手はその金メダルを手に来日。一ノ瀬選手とともに子どもたちに水泳の特別レッスンを行なった。

一ノ瀬:私は小さいときにパラリンピックの金メダリストに会うことすらなかったのに、エリーさんに教えてもらえるなんて贅沢ですよね。子どもたちにとってはもちろんですけど、自分にとってもトップ選手から学ぶことができる貴重な時間でした。

エリー:私、子どもと接するのが好きなんです。それでシドニーで子どもたちのコーチをしているんですが、日本の子どもたちは、礼儀正しく静かでよく話を聞いてくれたわ。それにキックがすごくうまかった。

一ノ瀬:日本のほうが指導は丁寧なのかな。わからないけど、オーストラリアはガンガン泳いで、日本は形から入るのかもしれないですね。

エリー:オーストラリアはウォータースポーツが身近にあって、もともと泳げる子がすごく多いんですよね。ちゃんと水泳を習っているというよりは、楽しみでやっている感じかな。私も、子どものころから身近にウォータースポーツがありました。オーストラリアの東の方で生まれ育ったのですが、近くには観光地としても有名な美しいビーチがたくさんありますからね。

一ノ瀬:それにしても、エリーさんのような金メダリストが話すと、レッスンにも説得力があります。「やっぱりそうやねんな」って。自分も取り入れなきゃいけないことがすごく多いけど、子どもたちも面白かったんじゃないかな。東京では、私も子どもたちに金メダルを見せられたらいいな。

エリー:シドニーでは、2000年にオリンピック・パラリンピックが行なわれたことをきっかけに、スポーツを始めた子たちがすごく多かったんです。2020年の東京でもすごく増えるはずだから、ぜひみんなにパラリンピックを見に来てもらってスポーツを始めるきっかけにしてもらいたいですね。

一ノ瀬:パラリンピックは、選手の競技人口がオリンピックと比べて少ないので、東京をきっかけに「パラっていうのがあるんだ」というところから始まる子もいると思うし、そういう過程でパラについて知ってもらって、どんどん盛り上がっていったらいいな。

エリー:こうして話してみて思うのだけど、メイはよく笑うし、すごくハッピーな子なのね。なんだか私と似ているような気がする!

一ノ瀬:どうしよう! じゃあ私もエリーさんのようにメダル獲れるかな(笑)。

―― 2人は4年後の東京パラリンピック出場も視野に入っていますか?

エリー:リオは過去の大会と比べて、13歳とか14歳とかの若い選手の台頭が目立つ大会でした。ロンドン以降、競技人口も増えてレベルも高くなったなと感じます。いま私は24歳だけど、彼女たちと比べるともう年寄りよね(笑)。

 自分の13歳を思い返してみると......まだ水泳を始めて間もないころだった。でも今は13歳、14歳がメダルを狙ってくる。2020年東京はどれくらい若い選手が出てきて、その子たちが金メダルを獲るのかなと興味深いですね。私もうかうかしていられません。早く練習したいですね。

一ノ瀬:私も今19歳ですが、パラリンピックの水泳界ではもう若手じゃない。負けていられないなと思っています。

エリー:東京は28歳で迎えます。もちろん狙うは金メダルです。競技レベルが上がるなかで、3大会連続のパラリンピック金メダルを獲るのは簡単ではないけれど、自分のなかでベストを尽くして泳ぐ決意はしっかりあるし、もうすでに東京へ向けてトレーニングは始めています。今より若手も強くなっていると思うけれど、勝つつもりでトレーニングしていますよ。

一ノ瀬:リオでは悔しい思いをして、やっぱり戦えないと面白くないし、勝てないと面白くないというのをすごく感じました。次は、しっかり周りと戦ってメダルを獲りたい。もっと実力をつけて自国開催の東京パラリンピックを楽しみたいと思います。

【プロフィール】
エリー・コール
1991年オーストラリア・メルボルン生まれ。3歳のときにがんで右足の大腿部切断。12歳から本格的に水泳を始め、2006年に国際大会デビューを果たす。パラリンピックには16歳で北京大会に初出場し、3個のメダルを獲得。ロンドン大会では、金4個を含む6個のメダルを手にした。その後、両肩の手術を経て、2015年世界選手権(グラスゴー)で復活。リオパラリンピックでは100m背泳ぎで金メダルに輝いた。S9クラスのトップスイマーとして君臨する。

一ノ瀬メイ
1997年京都府生まれ。近畿大学水上競技部。障がいは、先天性の右前腕欠損。京都市障がい者スポーツセンターの近所に住んでいたことがきっかけで水泳を始める。2017年に国際大会に初出場。その後、2014年アジアパラ競技大会(仁川)、2015世界選手権(グラスゴー)などに日本代表として出場。現在200m個人メドレー(SM9)、50m自由形(S9)など5種目の日本記録を持つ。リオパラリンピックに初出場し、8種目に出場した。トビウオパラジャパンのホープ。

瀬長あすか●取材・文 text by Senaga Asuka