トランプ米国大統領は意外とアリか[樋原伸彦のグローバル・インサイトvol.4]

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夏の英EU離脱はあり得ると考えていたが、この秋(昨日)のトランプ米大統領の誕生はあり得ないと思っていた。正直びっくりしたのと同時に、「政治の季節」が今後より加速していくであろうと感じた。

開票直後からトランプは底堅く、激戦州のオハイオ、フロリダも取り、接戦というよりはかなり安定した戦いぶりだったと思う。しかし、NY時間の午前2時を過ぎてもメディアはなかなかトランプに当確を出さず、最後はかなり慎重だった。

おもしろかったのは、リベラルなNYタイムズが先に当確を出したにもかかわらず、保守系のFOXニュースがなかなか当確を出さなかったことだ。「トランプの身内と見られていたFOXニュースがおかしいですねえ」と、BBCのコメンテーターは皮肉まじりに触れていた。

それだけ、トランプ支持者もクリントン支持者も、保守もリベラルも、この状況を公式に受け入れてしまっていいのか、という躊躇があったのだろう。

実際、民主党の選挙対策本部は、クリントンに当日の敗北宣言をさせなかった。2000年のブッシュ対ゴアほどの接戦ではないのに、午前2時を過ぎても集まっている支持者に「結果まだ出てないから、今日は解散」と言って延期させた。クリントン自身も民主党も、敗北を受け入れるのに時間が必要なのであろう。

大統領候補討論会で話題となった「トランプが負けを受け入れないのではないか」という問いが、今度はクリントンと民主党サイドに突きつけられている。

リベラルと保守というイデオロギーの区分けも、相当怪しくなってきた選挙であった。民主党の指名争いに参加していたサンダーズの支持者とトランプの支持者は実は結構かぶっていたわけで、つまり、イデオロギー的には真逆にいる人々がある程度トランプの当選を後押ししたのだ。

たまたま米国の知人とこの結果について意見交換するチャンスがあったのだが、彼が言うには、「同じファミリーに2回も大統領職をやらせていいのか」という懸念は、海外から見ている以上に米国内では大きかったという。

ブッシュの場合は、家族と言っても親と子で世代も違ったが、クリントンの場合は”家族の最小単位”の夫婦であり、一組のカップルに最大で16年の大統領権限を与えかねないことに躊躇するのは、自然なことかもしれない。

有権者が認識していたかどうかは定かではないが、僕がクリントンの負けについて感じるのは、夫のビルが大統領在職中(1993年1月〜2001年1月)に進めた金融の自由化が、今回はヒラリーを落選させる遠因になってしまったのではないかという感慨だ。彼が行った金融の自由化がITバブルの崩壊を招き、また、2008年のリーマンショックにつながってしまった。

これらの金融ショックの帰結が米経済にもたらしてきた痛みに、いよいよ国民が耐えられなくなってきたのでないか。ある意味、米国人が大切にしているValues(価値体系)をそれほど尊重してないように見える候補者に一票を入れざるを得なかったのは、経済的に背に腹は代えられなくなった証であろう。パンがValuesに勝ってしまうことは表向きは考えにくい国だったのだが。

そんな状況なのに、クリントンはゴールドマンサックスでの3回の講演で、675,000ドル(約7,000万円)をもらってしまった。再度BBCのコメンテーターのコメントを引用すると、「あれをもらっていなければ、大統領になれたかもしれませんねえ」と皮肉っていた。

今回の大統領選挙でも、他の国でも、「格差」「金融の特権階級」という言葉が散々使われている。しかし、それは、「格差」の進行ばかりではなく、米国のビジネス全体のパイが縮小した面も見逃せないはずだ。

ビジネススクールでファイナンスを教えている肌感覚で言うと、特にリーマンショック以降は、明らかに金融ビジネスが停滞した。米国では特にである。MBAホルダーの一番の就職先が不調になったために、米国のそれ相応のビジネススクールも最近は学生集めに苦労している。金融セクターで働ける機会が少なくなったおかげで、卒業後に期待できる所得額が大幅に下がってしまったからだ。

その意味では、ここ10年ほどの米国の「格差」の連呼の背景には、金融ビジネスの縮小という側面も否定できないだろう。当然、金融ビジネスからトリクルダウン(最近は禁語のようになっているが)してくるビジネスや所得もあったわけで、かつて米国には、金融やその他のセクターでも、その経路はそれなりに機能していた気がする。
 
トランプ新大統領は、”The Apprentice”というNBCテレビのリアリティショーのホストとして名が売れ、現在のような認知度を得た。2004年に始まったそのTVシリーズは当時、北米のMBA学生必見のTV番組であった。その頃僕はカナダのビジネススクールで教えていたのだが、よく授業でこの番組を話題にした記憶がある(今でもDVDを持っている)。

あのホスト役としての仕切りは、なかなか優秀だったと思う。ホワイトハウスでも、あのくらいの仕切りをしてくれるなら、案外大丈夫かもしれない。そう考えるのは楽観的すぎるだろうか。(第4回終わり)