守備的な戦術を採ったことへの是非についてはさておき、それが意図した通りに機能して結果を残したのであれば、そのことについては正当に評価しなければならない。 (C) Getty Images

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 10月11日に行なわれたロシア・ワールドカップのアジア最終予選、オーストラリア戦(1-1)におけるヴァイッド・ハリルホジッチ監督率いる日本代表の出来は、決して悪くなかった。
 
「腰の引けた無様な戦い方」
 
 そんな意見もあったが、監督が戦術を与え、選手たちが実行していた。その点は評価するべきだろう。
 
 最終ラインは下がり過ぎず、微妙に修正。守備ブロックの臍の部分にいた長谷部誠が、各ラインをコンパクトに保ち、相手に活用できるスペースを与えなかった。
 
 サイドでは原口元気、小林悠が常に、中央へのパスをインターセプトしたり、外への侵入をも阻んだりできるようなポジションを取り、攻撃を封鎖。そしてボールを奪い取ってからのカウンターも精度が高く、迫力があった。
 
 そこには、ハリルホジッチ代表監督の狙いが濃厚に見えた。
 
「ボールを持たせる」
 
 オーストラリア戦の日本が採ったのは、そこを出発点にした戦術だった。
 
 それを「弱気」「退屈」と見るのは勝手だが、ひとつの戦い方ではあるだろう。相手が攻撃に出てきた時の方が隙は見付けやすい。その綻びを徹底的に突く。後の先を打つ、というリアクション戦術は、確実に機能していた。
 
 しかし、課題がないわけではなかった。
 
 前半はほとんどパーフェクトな出来だったものの、後半は綻びが出た。右サイドを破られ、原口がPKを与えてしまったシーンは、まさにそれだった。
 
 90分間、完璧に守り切るのは難しい。そして失点後、選手たちは明らかにうろたえ、心理的にも受け身に立ち、戦術精度は急落していた。もしオーストラリアが世界の強豪と同じレベルにあったら、一気呵成に攻め立てられ、万事休すだったろう。
 
 守備戦術は、布陣的には受け身になるとしても、心理的には相手を引き回すような「支配感」を失ってはならない。相手のバックラインが下がったら、一斉にバックラインを上げ、前線からはめ込んでショートカウンターを狙う、という応用戦も必要になるだろう。
 さらに言えば、ハリルホジッチ監督は、オーストラリア戦のような受け身に没頭するべきではない。
 
 相手に「ボールを持たせる」のは、当然ながら、自分たちが「ボールを持っていない」という状態を意味している。それはフットボールの原則においては、一方的に劣勢に立つ。なぜなら、その状態は常に失点の可能性があって、逆に得点の可能性は全くないからだ。
 
 深刻なのは、ボールを持たないことに慣れてしまった選手は、戦う力を徐々に失う、という点だろう。さながら、足を使わなくなった競走馬のように、いざという時に走れなくなる(ボールプレーを用いて攻撃できなくなる)。主体的なプレーの方が、ずっと難しいのだ。
 
 11日、ホームで迎えるサウジアラビア戦は、力関係を考えたら日本が「ボールを持たされる」というゲームになることは間違いない。アウェーでのオーストラリア戦(もしくはタイ戦)とは、様相が違ってくる(事実、日本は国内での試合で、より苦しんでいる)。
 
 果たして、能動的に戦えるか――。サウジ戦は、ハリルジャパンの今後を占う試金石となる。
 
文:小宮 良之
 
【著者プロフィール】
こみや・よしゆき/1972年、横浜市生まれ。大学在学中にスペインのサラマンカ大に留学。2001年にバルセロナへ渡りジャーナリストに。選手のみならず、サッカーに全てを注ぐ男の生き様を数多く描写する。『おれは最後に笑う』(東邦出版)など多数の書籍を出版しており、2016年2月にはヘスス・スアレス氏との共著『「戦術」への挑戦状 フットボールなで斬り論』(東邦出版)を上梓した。