写真=ロイター/アフロ

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アメリカの次期大統領に、共和党のドナルド・トランプ氏が当選した。トランプ氏が大統領になれば、日本にとっても少なからず影響が出てくるのは避けられない。特に日本に対する言動は、辛辣を極める。今後、我々はどのような対応を求められるのだろうか。『ポピュリズム化する世界』(プレジデント社刊)から、一部を抜粋してお届けする。

■トランプが日本を叩く背景とは

トランプの演説に顕著だったのは、標的を定めて攻撃する態度である。これは、世界のポピュリストに共通する傾向だ。

メキシコからの不法移民は、標的の筆頭である。「国境に壁をつくる」は、彼の公約ナンバーワンだ。ホームページでも、最初に掲げた政策が「壁の費用をメキシコに払わせる」である。

トランプは演説で、メキシコの政治家を順番にやり玉に挙げ、挑発する。反論を引き出し、さらに批判する。緊張を高めることを楽しんでさえいる節がある。

そうすることで、トランプは常に「戦う男」になれる。敵を持つことは、味方を結束させる最大の要素である。彼は、あえて敵をつくることで、自らの支持を固めようとしていると考えられる。

この場合、「壁」は必ずしも物理的な「壁」ではない。確かに、彼は「壁」の建設を打ち上げ、その費用をメキシコに払わせると言っている。しかし、彼が言う「壁」はむしろ、ヴァーチャルな壁、心の中の壁だと読み解くこともできる。意識の壁を境にすれば、すべてを「我々」と「彼ら」に分断することが可能になる。これは、世界を敵味方に分けるポピュリストの常道手段なのである。それに、心の壁なら、いざ政権を取って現実的に建設が不可能だとわかった時にも「あれは単なるたとえだった」と逃げることも可能だ。

「トランプの主張は、現実とは全く相いれません。メキシコとの壁だの、中国に対して保護貿易の方針を採るなど、トランプの言うことを本当に実行したら、輸出に大きく依存している米国経済は危機に陥ります。雇用なんか、増えるどころか、なくなってしまいますよ。ただ、政治的には非現実でも、心理的には印象深い。だから、人気が出るのです。英国の国民投票で、欧州連合(EU)からの離脱派が『移民がいなくなれば、英国人の雇用が増える』と言いふらしたのと同じ構造です」

ダラスのサザンメソジスト大学(SMU)タワーセンター政治学研究所長ジェームズ・ホリフィールドはこう説明する。ホリフィールドは移民研究の権威で、人の移動が国の経済に及ぼす影響などを分析している。

トランプの発言は実際の政策提言でなく、単に攻撃相手を創出する方便だと考えるべきだろう。

■なぜコマツを攻撃するのか

メキシコに限らず、彼は敵をあちこちにつくる。日本もそのうちの一つである。貿易赤字の元凶として、トランプが中国やインドとともに日本を批判しているのは、この演説で見た通りである。他の場所でも、トランプはしばしば日本を引き合いに出す。特に、頻繁にやり玉に挙げているのが建設機械最大手のコマツ(小松製作所)である。彼は、2016年1月にサウスカロライナ州ノースチャールストンで開かれた共和の討論会で、米建設機械最大手キャタピラーを擁護しつつ突然コマツ批判を展開し、周囲を困惑させた。

「キャタピラーのトラクターを見てみろ。キャタピラーと、日本のトラクター会社コマツとの間で、何が起きているか。私の友人はコマツのトラクターを注文した。すごい円安が進んでいて、キャタピラーのトラクターは買えないんだ」

トランプは以後も、同じ趣旨の発言を繰り返した。これについては、米『ウォールストリート・ジャーナル』が「確かに円安は日本の輸出の助けとなっているが、日銀の金融緩和政策は内需拡大とインフレ目標実現のためで、輸出促進のためではない。それに、コマツは米国内で何千もの雇用を創出している」と批判するなど、論理の乱暴さがあちこちで指摘されている。「コマツは日本、キャタピラーは米国」という発想自体が時代がかっているのである。

ただ、ここでトランプが必要としているのは、実態のある「日本」ではない。記号としての「日本」なのだ。日本が実際にどんな国で何をしていようが、関係ないのである。

攻撃対象としての「日本」というイメージこそが彼にとって重要なのだ。

彼が日本を標的にし始めたのは、かなり以前にさかのぼる。

1987年9月、彼は『ニューヨーク・タイムズ』『ワシントン・ポスト』『ボストン・グローブ』の米有力三紙に、「ドナルド・J・トランプからの公開書簡」の形式を取った全面意見広告を出した。トランプは、このために9万8000ドルあまりを支払ったと伝えられる。

ここで彼は、日本に対して容赦ない批判を浴びせかけた。

「何十年にもわたって、日本や他の国々は米国を利用してきた」
「私たちはペルシャ湾防衛の苦労もずっと続けてきた。米国にとって原油供給面で大して重要でもない地域であり、むしろ日本や他の国々にとって死活的な地域であるのに」
「米国が彼らのために失った人命や何百万ドルを、彼らはどうして支払おうとしないのか」
「世界中が、米国の政治家たちをあざ笑っている。自分のものでもない船が、私たちに必要のない原油を運び、手助けをしようともしない同盟国に向かっているのを、守っているからだ」

トランプはこの頃、1988年の大統領選への立候補を模索していたと言われる。意見広告は、その準備の一環だったのかもしれない。沖縄県の基地問題など何もわかっていない米国の一部では、日本に対する「安保ただ乗り論」が根強い。そのような層に訴えかけようとした言説である。

■人種差別的偏見が背後にあるのか

しかし、日本のような同盟国すべてを彼が批判するわけではない。たとえば、イスラエルは米国と事実上の同盟関係にあるが、彼は声を荒らげない。長年の仮想敵であるロシアとその大統領プーチンにも、極めて好意的だ。

これらの国々と、日本、中国、インド、ベトナムとは、何が違うのか。そこに人種差別を見るのは、私だけではあるまい。トランプは、米国人の多くが潜在的に持つ人種的な優越感に訴えようとしているのでないか。さらに、彼自身が人種差別的偏見を抱いていないだろうか。

証明するのは難しいが、それをうかがわせるいくつかの要素はある。

(朝日新聞GLOBE編集長 国末憲人=文 ロイター/アフロ=写真)