2016年米国大統領選挙(The New York Times/アフロ)

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 9月28日の石油輸出国機構(OPEC)の臨時総会以降、世界の原油価格の代表的な指標であるウェスト・テキサス・インターミディエイト(WTI)原油先物価格は一時、安定した展開となった。10月19日には1バレルあたり51.93ドルをつけた。しかし、そうした展開は長くは続かず、減産合意の行方をめぐって、再び不安定な展開になっている。

 一方、世界の金融市場では、米国や英国の金融政策、米国の大統領選挙に関する動向が注目を集めた。今のところ、原油価格の動向への注目はそれほど高くはない。だからといって、原油価格の動向は軽視できない。米国の政治動向が投資家を神経質にさせるなか、原油価格の動向が追加的に先行き懸念を高め、市場混乱の一因になる可能性がある。

 原油価格は、需給の動向に影響されやすい。基本的に、中国の経済成長率の低下を中心に、需要は低調だ。一方、供給圧力は強い。米国ではリグ(石油掘削装置)の稼働数が増えている。OPEC加盟国、非加盟国の動向を見ても、減産への反発は強い。どの国も、低価格の状況で減産を進めて実入りを減らすより、シェアを維持して収入を確保したいはずだ。11月末のOPEC総会で減産への合意が形成されるのは容易ではなく、原油価格は不安定に推移しやすい。

●原油価格下落の主な背景
 
 2008年、中国政府は4兆元(当時の邦貨換算額で60兆円程度)の経済刺激策を発表した。リーマン・ショック後、各国の景況感が急速に悪化し金融市場も混乱するなかで、この経済対策はインフラ開発などへの期待を高め、世界経済の回復を支える原動力となった。実際、09年1-3月期を境に中国経済はV字回復を遂げ、10年1-3月期のGDP成長率は12%を超えた。この動きに支えられ、原油、鉄鉱石、銅などの資源(コモディティ)の価格も大きく上昇し、一時は資源バブルというほどの相場高騰が進んだ。この熱気に浸って、多くの新興国、資源国の景気は過熱気味に推移した。
 
 しかし、いつか需要は飽和する。中国の経済刺激策は世界の景況感を一時的に改善させたが、財政出動が一巡すると徐々に回復のペースは鈍化した。11年半ば以降、中国の経済成長率は低下し、新興国や資源国にも減速懸念が広がった。こうして中国などの過剰な生産能力の問題が出現し、世界的に需給関係は悪化した。先行きの不透明感が高まるなか、米国の量的金融緩和と緩やかな景気回復が世界経済を支えた。米国の景気回復が進むにつれ連邦準備理事会(FRB)は徐々に金融政策の正常化をめざした。13年5月には早期の量的緩和縮小への懸念が高まり、中国をはじめ新興国の金融市場は大いに荒れた。この段階では、米国経済の基調に大きな変化がないことや、ゆくゆくは産油国が減産に踏み切るとの期待があったため、原油価格が大きく崩れることはなかった。

 14年10月、商品市場にショックが走った。サウジアラビアの国営石油会社サウジアラムコが米国、アジア向けの原油輸出価格を引き下げ、減産よりもシェア確保を優先していることがわかったからだ。これを受けて、原油価格は急落し、15年年初には40ドル台半ば、16年2月には26ドル台にまで下落した。2月の安値以降、原油価格は減産への思惑、安値を拾う動きに支えられて反発し、6月には50ドル台を回復した。

●主要産油国サウジアラビアの苦悩

 16年の半ば以降、一貫して減産に反対してきたサウジアラビアは、生産調整への理解を示し始め徐々に減産期待が高まった。それが鮮明化したのは、9月28日アルジェリアで開催されたOPECの臨時総会だ。ここで、OPECは原油生産量を日量3250万〜3300万バレルに制限する目標を決定した。8年ぶりの減産決定だっただけに、投機筋は原油先物の買い持ち(ロング・ポジション)を積み増し、10月中旬、原油価格は52ドル程度まで値を戻した。

 この決定は、サウジアラビアの思惑に影響されている。同国は経済改革を遂行するために、少しでも財政の余力を高めたい。14年年央以降、原油価格が下落するなかでもシェア確保を重視したサウジアラビアは、政府傘下のファンドが保有する日本株などを売却したり、銀行預金を取り崩したりして、資金を確保しようとしてきた。しかし、状況は厳しい。秋口には、預金高の減少により銀行の資金繰りが悪化し、サウジアラビア政府が流動性支援を行った。

 サウジアラビアはシェア重視の姿勢を続けられなくなっているのではないか。サウジアラビアはムハンマド副皇太子の指揮のもと、脱石油を掲げた構造改革を進めてきた。一方で、イエメン内戦への軍事介入を行い、中東地域での影響力強化も狙っている。ただ、経済の停滞、イエメン情勢の泥沼化を受けて、ムハンマド副皇太子の政治基盤は不安定といわれる。そこで、原油価格に上昇圧力をかけ、社会心理の悪化を食い止めようとしている。

 一方、産油国が直面する状況は、それぞれ異なる。イランやリビアは増産を重視している。OPEC内では、これまで頑なに減産を拒否してきたサウジアラビアへの心理的な反発も強いはずだ。利害対立が続き、減産期待を通して原油価格に上昇圧力をかけられないと、サウジアラビアの状況はより厳しくなる。それを避けるためにサウジアラビアは譲歩し、一部の国の増産を容認しつつ、OPEC全体の目標決定であることを世界に示そうとした。

●簡単ではない減産合意への道

 それでも、減産は容易には進まないだろう。通常、OPECは総会の前に各国間の意見を調整する会合を開き、そこでの結論を総会で承認する。今回も11月30日の総会までに、OPECは大方の合意を取り付けようとしている。しかし、10月28、29日、ロシアやブラジル、メキシコなどの非加盟国も招き開催された専門家会合では、減産に関する意見の調整が進まなかった。

 これが示唆するのは、9月の臨時総会で決定された減産目標が画餅だったということだ。ISとの戦闘で国土が疲弊しているイラクも特別措置の適用を求めている。このように、多くの国が減産の負担を避けようとし始めている。唯一、サウジアラビアの立場に近いとみられるロシアでさえ、減産よりも現生産量での据え置きを望んでいるようだ。「減産したいならお一人でどうぞ」というのが多くの産油国の本音だろう。

 OPEC内で減産への合意が得られない場合、自らが呼びかけた減産目標の大半をサウジアラビアが負担することになりそうだ。結果的にサウジアラビアはさらなる苦境に直面する可能性がある。こうした見方から10月下旬以降、原油先物価格は下落し、11月上旬には1バレルあたり44ドル台をつけた。11月末の総会の前にも専門家による会合が開催される予定だ。ここで意見がまとまらないと追加的に原油価格は下落するだろう。

 世界経済を見渡すと、中国の経済成長率の鈍化により、世界的に需要は供給を下回っている。そのなかで原油価格が下がり始めると、まず、産油国の経済環境は追加的に悪化する。中東産油国の金融システム不安、財政懸念は意識されやすくなるだろう。そうなると、再度、産油国のソブリンウェルスファンド(国富ファンド)は保有資産の売却を進め、財政資金の確保に動かざるを得ないだろう。それは、主要国の株式市場の下落リスクにつながると考えたほうがよい。大統領選挙後の米国の政治不透明感から投資家心理が神経質になるなか、原油価格の動向次第で世界の金融市場がリスクオフに向かい、不安定な動きが広がる可能性があることには注意が必要だ。
(文=真壁昭夫/信州大学経法学部教授)