100万円の買い物にも「NO」と言わせない!? 巧みなアラブ式接客術【山根康宏のケータイ西遊記: 第6回】

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ケータイ西遊記 -第6回- UAE/ドバイ

携帯電話研究家・山根康宏が、世界各地でお宝ケータイに出会うまでの七転八倒デジタル放浪記。

あらゆるものに圧倒される

巨大な人工都市ドバイ



西洋にも東洋にも属さない中東諸国は自分にとって謎の国であり、いつかは訪れたいと思っていた。実は会社員をやめて独立した最初の数年は、ヨーロッパ取材時に格安チケットしか買えず、中東の飛行機を利用した乗り継ぎが必要だった。利用した空港はアブダビ、ドバイ、バーレーンなどだったが、中でもドバイの空港の携帯電話店の充実ぶりに目を見張るものがあった。壁一面に携帯電話の箱がずらりと積み上げられており、乗り継ぎ客が次から次へとやってきてはそれらを買い求めていた。

その状況は決して冷静なものではなく、殺到した客たちが店員から奪うようにして最新モデルを買いまくっていたのである。

「空港がそんな状況なのなら、ドバイの街中の携帯電話屋はすごい状況になっているのではないだろうか?」。そう思いながらもなかなか訪問する機会に恵まれなかったが、2012年に通信関連の展示会が開催されると知り、人生初の中東への渡航をようやく実現させることができた。


▲ この服装の人々をあちらこちらで普通に見かけることはカルチャーショックだった。

初のドバイはカルチャーショックを久々に受ける、エキサイティングな都市だった。到着したのは金曜日の早朝だったが、アラブの国ではこの日が日曜日となる。そして、ドバイ空港を通る地下鉄は日曜日の午前中が運休だったのだ。しかたなく昼まで空港で過ごすことにしたが、多くの人が中東ルック、すなわち真っ白なカンドゥーラを身に纏い、頭にはカラフルなクゥトラを肩まで垂らしている姿は新鮮だった。


▲ 世界一高いビル「ブルジュ・ハリファ」。その全景を写真に収めるのはなかなか難しい。

またドバイと言えば世界で一番高いビル「ブルジュ・ハリファ」や、世界一面積の広いショッピングモール「ドバイ・モール」がある。とにかく土地と金はあまり余っているのだろう。世界一クラスの巨大建造物がドバイ市内にはいくらでもあるのだ。

そんなドバイは世界で唯一の七つ星ホテル「ブルジュ・アル・アラブ」があるなど、お金持ちの集まる都市というイメージもあるだろう。ショッピングモールには世界的な有名高級ブランド品の店がこれまた巨大な店舗を構えているし、宝石や金の装飾品を扱う店も多い。

ところがモールに入っているスーパーへ行くと、食品が驚くほど安く売られているのである。


▲ 高級モールの中のスーパーでも惣菜の値段は安い。東南アジア諸国と変わらぬ安さだ。

例えばピザが1枚1000円以下、ピラフが1kgで数百円だったりといった感覚だ。また、水が足りないはずなのに、輸入品の飲料も100円以下と安い。下手にレストランで外食するよりも、モールに入った高級スーパーでお惣菜を買ったほうが安上がりなのだ。おかげで取材中の食費は他の国に滞在するときよりも安上がりだった。ただし、アルコールは売られていないので、好まれる方々にはちょっと耐えられないかもしれない。

ドバイでもいつもの姿勢

連日のスマホ屋通い



ドバイの観光と言えば前述した「ブルジュ・ハリファ」の展望台に上ったり、巨大ショッピングモールでの買い物がメジャーだろう。また他の国ではなかなか体験できないデザート・サファリツアーも人気がある。砂漠の中を4WDの車で爆走し、らくだに乗ったり民族衣装や食事を体験できる、1泊2日のショートトリップだ。ドバイに訪れたら滞在中にぜひとも体験すべきアトラクションだろう。

しかし自分はそんなツアーには目もくれず、ドバイ滞在中の空き時間は、ひたすらショッピングモールで携帯電話やスマートフォンを物色する日を繰り返した。モールの中には家電量販店が複数入っているほか、ソニーやサムスンなど大手メーカーの専門ショップもある。IT製品を扱うショップはたいてい同じフロアにあるのだが、そのフロアの端から端までを歩くだけでもかなりの距離が必要だった。


▲ 歩いても歩いてもなかなか目的のお店に到着しないほど広い「ドバイモール」

そして展示会が夕方に終わると、今日はドバイモール、明日はエミレーツモール、その次の日は両方を掛け持ちなど、飽きもせず毎日モール通いを続けていた。昼間も歩き、夜も歩きまくるという、身体を休める暇もない毎日だ。だがお店の店員たちも、連日のように東洋人が訪れるとなると親近感を持ってくれた。「今日も見に来たよ」と話しかけると、暇な店員が寄ってきて雑談してくれることもあった。

そうやって店通いをして知ったのだが、家電店の店員はフィリピンからの出稼ぎが多かった。そんな彼らの日々の生活ぶりを雑談の中から聞けるのも貴重な経験である。彼らが使っているスマートフォンは安物や中古品ばかりだが、それがあるからこそ母国の家族とコミュニケーションを図ったり、お金を送金することも不自由なく行えるのだ。建築現場で働く工員やタクシーの運転手など、ドバイで労働に従事しているのは海外からの出稼ぎ労働者たちである。低い賃金や過酷な労働環境の中でも、スマートフォンさえあれば孤独や辛さを紛らわすことができるに違いないだろう。

100万円のケータイを購入?

「ノー」と言えなくなる、巧みなプロ接客



メーカーや家電量販店のお店巡りだけではなく、ドバイに来たからにはぜひとも立ち寄りたいショップがある。それが「VERTU(バーチュ)」の店舗だ。VERTUとは世界で唯一の、超高級なラグジュアリー携帯電話を作るメーカー。同社のスマートフォンや携帯電話は金や銀を使ったボディー、本革張りの電池カバー、サファイアガラスのディスプレーなど、質感を第一に考えて作られている。もちろん1台1台が手作りだ。価格は100万円クラスのものがザラにあり、上は数千万円のものもある。

洋服や食べ物に高級品があるのに、携帯電話やスマートフォンは大量生産された消耗品しかないというのは確かにおかしい話だろう。2002年創業のVERTUが今でも製品を作り続けていられるのは、それを求める消費者が一定数いるからだ。そしてドバイには、そのVERTUの店がいくつもあるのだ。


▲ 超高級携帯電話の「VERTU」。店に入るにはちょっと勇気が必要だ。

そんな超高級携帯電話の店に入るのは、なかなか勇気がいるものだろう。しかし実は自分は過去にVERTUが日本でビジネスを行っていた時に、何を血迷ったか1台だけ端末を買ったことがあるのだ。折り畳み型の製品でラインナップとしては下の方に属するが、それでも定価は約60万円。ドバイ訪問時はせっかくだからそれを持っていき、お店で雑談でもしてみようと考えたのである。

とはいえドバイモールにあるVERTUの店の前までたどりついたものの、ドアを開けるのはやはり緊張してしまう。いつぞやのミラノのVERTUの店では、ドア越しに店員さんと目があったので躊躇なく店内には入れたが、ドバイのその店は店員の姿も見えなかったのだ。

しかしいつかは入らねばならない。大きく深呼吸をしてからドアに手をかけ、店の中へ入ることにした。するとドアにはセンサーが付いているのだろうか、店の奥から好青年と思えるような、さわやかな表情の店員が絶妙なタイミングと笑顔で出てきて「いらっしゃいませ」と声をかけてくれた。

さあ、これでもう逃げ場は無くなった。ここで無口のままでは怪しまれてしまう。どっちにしろ高級携帯電話を買うお金など持っていないのだし、ここは製品をいくつか見せてもらうだけでも失礼ではないだろう。「これを持っているんだけど、そろそろ買い替えたくてね。新しいものをいくつか見せてほしいのだけど」と伝えると、かしこまりましたと言って店員は店内のショーケースからいくつかの製品を取り出してきた。

「4つほど選んでみましたが、いかがでしょうか?」さわやかな青年は、白い手袋をはめた手でそれらの製品を見せてくれた。いずれも黒いボディーだが、本体の光沢の仕上げや数字キーの素材は異なっている。そしてどの製品も、とにかくその輝きが美しいのだ。4台のVERTUを目の前にして、自分の顔の表情は、美術館でゴッホやピカソの本物の絵画を見たときのようなものになっていたに違いない。

「ふうー」とため息をついて、ちらりと青年の顔を見上げると、再びにこりとだけ返してくれる。その笑顔には「さあどうぞ、私はあなたに最適と思える製品をご用意しました。あとは決めるのはあなたですよ」という意味が込められていると感じられた。しかも「実際に使い心地を試されてください。通話のテストもできますよ」と追い打ちをかけてくる。

ちなみにVERTUの店員は、前職は携帯電話販売員ではなくロレックスやルイ・ヴィトンなどで務めていた人が多いと聞く。製品についてのセールスポイントを熟知しているのはもちろんのこと、来客の姿を見るだけで、どの程度の財力があるとか、どんな製品を求めているのか、ということも一瞬で見抜くことができるだろう。つまりこちらが数百万円の製品をキャッシュで買えないことも御見通しのはずだ。

「この2番目のがとてもいいね。おいくら?」

「5万ディルハム(当時約100万円)ですね」

「それだけの価値はあるよね」

「そうですよね。でも分割で買われている方も多いですよ」

 

ここで分割の話を出してくるあたり、やはりこちらの懐具合をわかってくれているのだろう。そんなことを言われたら、もしかしたら買えちゃうかなとも思ってしまう。「ちょっと考えるけど、明日から忙しくて朝から晩まで仕事でホテルに缶詰めなんだよ」と、断りのためにウソを交えて伝えお店を出ようとすると、好青年はとっておきの一言でこちらの防波堤を崩しにかかってきた。

「今月は当店は24時間営業中です。お決めになられましたら、いつでもまたいらしてください」

 

そんなことを言われてしまったら、この場でクレジットカードを使っちゃおうという気になってしまう。100万円を24回払いにしたら……ええと、いくら? 「ちょと電卓を貸して」と彼に言いかけた瞬間、テーブルの上にはすでに電卓が置かれていた!

もちろん彼はこちらに購入を無理強いはしていない。「本当にいいものですから、ぜひ買われてはいかがですか?」そんな静かな熱意が、自分の心にグサリと突き刺さったのである。なんとかその誘惑に負けずに店を後にしたのだが、ホテルに戻る間、自分の頭の中では「5万円の24回払い」という独り言がずっと繰り返されていた。

「18金メッキのiPhone」も!

ドバイはスマホ天国だ



ドバイではもちろんブルジュ・ハリファの展望台に上り、景色を楽しむのもそっちのけにして、携帯電話での通話やビデオストリーミングを試したりした。もっとも自分は高所恐怖症なので、下界を眺める余裕は全くなかった。あの展望台のフロアーでスマートフォンの画面に見入っていた観光客はおそらく自分一人だけだっただろう。

そんな楽しかったドバイ滞在もあっという間に終わり、帰国の日がやってきた。そういえば10年前に訪れたときに立ち寄った空港の携帯電話売り場はどうなっているのだろう? 空港で出国後にすぐさま携帯電話売り場を探したが、ガラスのショーケースが並ぶ綺麗な売り場へとイメージは一新されていた。それでも多くのトランジット客が最新のスマートフォンを物色する姿は昔と変わっていないようだった。


▲ 18金メッキされた特別仕上げのiPhoneも売られている。

その売り場の一角に美しい輝きを放つ製品が展示されていた。金色に輝くスマートフォンで、よくみるとそれはiPhoneなのだ。これらは装飾品メーカーなどによるカスタマイズモデルで、18金でメッキされた製品である。金ぴかのiPhoneというのは噂には聞いていたものの、実際に目にすると意外と上品な色合いだ。そばにいた店員に値段を聞くと「触ってみますか」とショーケースの鍵を開けて実機をいきなり出してきた。

こちらの心の準備ができていないうちに実機を出してくるなんて、どこへ行ってもドバイの店員さんたちは高級品の売り方を熟知しているのだろう。値段で悩むような客はそもそも声をかけてくるはずはないからだ。滞在の最後の最後にこんなレアな製品に触れることができたなんて、ドバイは携帯電話やスマートフォン好きには楽しい都市といえるかもしれない。

ドバイの空港も数年後には世界最大の新空港へ移転し、携帯電話売り場の品ぞろえもさらに充実したものになるだろう。次回のドバイ訪問はいつになるのか、今からとても楽しみである。

文/山根康宏

※『デジモノステーション』2016年11月号より抜粋

やまねやすひろ/香港在住の携帯電話研究家・ジャーナリスト。世界の携帯電話事情を追い求め、1年の約半分を海外で過ごす。携帯電話1400台、SIMカード500枚以上を所有するコレクターでもある。

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