ドナルド・トランプ公式ツイッターより

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 ついに開票日を迎えるアメリカ大統領選挙。早ければ日本時間9日の昼すぎには次期米大統領が決定する。先週、民主党候補ヒラリー・クリントンのいわゆる「メール問題」で攻勢を強めた共和党候補ドナルド・トランプだが、FBIがヒラリーを訴追しないとの方針が伝わったことで、巷間には「これでヒラリーが逃げ切れる」と安堵感が漂っている。だが、イギリスのEU離脱投票と同様、結果は蓋を開けてみるまでわからない。まだまだ予断は許さない状況だ。

 しかし、結果がどうなるにせよ、この選挙戦を振り返ってみて、うんざりさせられたのは、日本のマスコミやコメンテーターたちの意識の低さだった。とにかく、連中の口から出てくるのは"トランプが大統領になったら日本はヤバい!"という話ばかりだったのである。

 それも、移民やイスラム教徒排斥を打ち出すトランプの人種差別思想や過剰なポピュリズムを指して言っているわけではなかった。ほとんどが「トランプが大統領になったら、アメリカが日本を守ってくれなくなる」「米軍からさらに7千億円を要求される」というもので、安全保障上の危機感をひたすら煽り続けたのだ。中には、「米軍が撤退したら、日本は中国に侵略される」などとわめくメディアや識者まででてきた。

 たしかに「一国主義」「孤立主義」を明確にするトランプは、日本に対して、「在日米軍費用をもっと負担すべきだ」「負担しなければ撤退する」などと強気な姿勢を見せている。言葉通りなら、トランプが大統領になれば、駐留費を全額負担するか否かを日本に問い、NOと答えれば、在日米軍を撤退させる、という展開になるだろう。

 しかし、これの何が「ヤバイ」のだろう。日本は毅然と「金は出しません」と断言して、米軍に出ていって貰えばよいだけではないか。

 在日米軍駐留費については、日本はいわゆる「思いやり予算」として2000億円、さらに基地周辺対策費や米軍再編費など関係経費を合わせれば、少なくとも7000億円以上もの巨額支出を計上している。これは駐留経費の実に7割以上を負担していることになり、韓国(約3割)やドイツ(約4割)など他の同盟国と比べても圧倒的な負担率だ。在日米軍は数ある在外米軍のなかでも随一の優遇を受けているのである。

 しかも、在日米軍は日本を守るために駐留しているわけではない。アメリカにとって、日本は、中国やロシアの太平洋進出を防ぐための防波堤であり、「自国の利益のため」に基地を置いているにすぎない。

 それどころか、米軍はむしろ、日本に多大なリスクをもたらしてきた。いま、沖縄の人たちが苦しめられている騒音や安全上の問題はもちろん、米軍基地があることで、他国からターゲットにされてきたのだ。実際、北朝鮮が米国に核攻撃を行う際にも、まず沖縄とグアムの米軍基地が標的にされる可能性が高いと言われている。

 ようするに、在日米軍が撤退すれば、こうしたリスクが一気に軽減されたうえ、7000億円という無駄な金も不要になる。何を恐れることがあるのか。

 これに対し、米国べったりの国際政治学者や保守派の評論家などは、在日米軍が撤退したら日本は守れない、自衛隊による自主防衛に切り替えた場合、あらたな装備調達などで「数十兆円」かかるなどと主張しているが、バカも休み休み言って欲しい。これは上述したように、米軍が自国のために使っている装備も含めて日本がそのままやろうとした場合の試算だ。

 たとえば、元防衛官僚で、内閣官房副長官補も務めていた柳澤協二氏は「AERA」(16年5月30日号/朝日新聞出版)で、こうした在日米軍撤退時の防衛費激増説について「全くの誤り」としたうえで、自衛隊の実力は世界でトップ5に入っており、日本の領土、領海を守るだけなら、自衛隊だけで十分可能だと言っている。

 実際、日本の軍事支出は約409億ドルで、これは世界8位(2015年。ストックホルム国際平和研究所調べ)の規模。しかも、約5兆円もある日本の防衛予算のなかには米国からのゴリ押しによる無駄な予算も大量に含まれており、こうした予算を効果的に運用すれば、他国に侵略されない防衛体制を敷いてもお釣りがくるだろう。

 そう考えると、トランプは、戦後歴代政権が70年にわたってなしとげられなかった米軍基地問題を解決するのに、極めてシンプルな選択肢を示しているといってもいいのだ。しかも、そのボールは日本側が持っている。これは戦後日本にとって、過去最大にして唯一のビッグチャンスなのである。

 にもかかわらず、なぜ日本は米軍がいないと国土を守れないなどという幻想にとらわれ、リベラル派までが、「トランプが大統領になったら米軍に撤退されてしまう」と、大統領選を心配顔で見守っているのか。

 こうした空気は、「対米従属」が日本に浸透しきってしまっていることの表れだろう。『永続敗戦論──戦後日本の核心』(太田出版)で脚光を浴びた気鋭の政治学者・白井聡は発売中の「週刊東洋経済」(東洋経済新報社)11月12日号の特集「日米関係の大不安」で、こう書いている。

〈米軍基地移転問題など、沖縄に関する一連の問題に対する本土の無理解をみていると、「対米従属の自己目的化」がいかに進んでいるかがわかる。かつての親米保守派の対米従属には、従属を通した自立という目的が一応あった。だが、今は「従属のための従属」にしか見えない。〉

 たしかに、歴代日本政府は日米安保を軸にする対米従属路線をずっと敷いてきたが、戦後の政権は占領体制からの脱却と、冷戦構造の中で日本が生き残るための戦略として行っていた。ところが、冷戦が終わり、対米従属の理由がなくなった後も、歴代の自民党政権はその関係を維持するどころか、白井のいう「対米従属の自己目的化」というかたちでさらにエスカレートさせていった。日米同盟が必要だというフィクションを無理やりつくりだし、アメリカのための政策を積極的に採用し、それがまるで自国の利益になるような虚偽の物語を国民に喧伝してきたのだ。

 その典型が安倍政権の集団的自衛権容認と新安保法制である。安倍政権は日本の防衛のため、などと言いながら、アメリカの戦争に自衛隊を参加させ、自衛隊員に血を流させるという倒錯的な政策を強行したが、これなどはまさに「対米従属の自己目的化」の極致だろう。

 いや、政権だけではない。マスコミや国民もこうした政権による喧伝によって「対米従属の自己目的化」が内面化してしまい、いまや日本中が理由もわからないまま「なんだかんだ言ってアメリカに頼らなければダメだよね」という空気に支配されている。

 白井氏は、今回の大統領選挙に対する議論や報道じたいが、この対米従属姿勢の典型だといっている。

〈本来、自分たちのあるべき姿のイメージがあって、それに対して相手はどう出てくるだろうかという話であるはずが、相変わらず「米国はどうなる」という話ばかりだ。日本自身のビジョンがまったく議論されていない。〉

 そういう意味では、これは、トランプが大統領にならなかったからよかったね、で済む話ではない。そもそも、アメリカの「一国主義」への転換は、アメリカ国民全体に広がっている意識であり、仮にクリントンが大統領になっても、その流れには逆らえないはずだ。そして、これからもアメリカからは日本への「安全保障への負担要求」が出され続けるだろう。対米従属が自己目的化した政権はそのたびに要求に応じ、一方で、極右勢力はそれに便乗して、軍拡、さらには核武装まで主張し始めるだろう。

 こうした動きに騙されないためにも、私たちは白井氏の言うように、「米国はどうなる」ではなく、「自分たちがどうあるべきか」を自分の頭で考える必要がある。リベラルにこそ、覚悟が問われる時代なのだ。
(エンジョウトオル)