日本では近年、パワースポット巡りがブームだ。スポットとなる神社は、いずれも神聖で厳かな雰囲気を持っている。それは、しばしば「畏敬」という言葉で表現されるが、日本人のみならず、実際に神社を訪れてこの「畏敬の念」を感じ取る中国人観光客も少なくないようだ。(イメージ写真提供:(C)Nattee Chalermtiragool/123RF) 

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 日本では近年、パワースポット巡りがブームだ。スポットとなる神社は、いずれも神聖で厳かな雰囲気を持っている。それは、しばしば「畏敬」という言葉で表現されるが、日本人のみならず、実際に神社を訪れてこの「畏敬の念」を感じ取る中国人観光客も少なくないようだ。

 中国メディア・新浪は6日、福岡の太宰府天満宮を訪れた際、実際に「畏敬の念」を感じ取ったとする文章を掲載した。文章の作者は数日前にある交流プロジェクトによって日本を訪問、その際に数時間滞在した福岡で感じたことなどを紹介している。

 太宰府天満宮では「日本で常々感じ取ることができる『畏敬』の2文字を、ここでも再び想起することになった」と説明。「ここでは、至るところに神が宿っている」とし、樹齢1000年を超えるとされる大樟(おおくす)、触った部位の病気が良くなり、頭を撫でれば知恵がつくとされる牛の像、そして大きな手水鉢がある手水舎を紹介している。そして、手水鉢の上方には柄杓の使い方、お清めの仕方が丁寧に図示されていると説明したうえで、「実際、鉢の前にいると知らず知らずのうちに敬意が沸いてくるのだ」と伝えた。

 文章は、太宰府天満宮で感じられた自然や神に対する畏敬の念が、日本の至るところで感じられ、それが日本人の秩序正しさを生み出す要因の1つになっているということを伝えたかったようである。もちろん法的な縛りの要素もあるが、「お天道様は全てお見通し」という言葉のように、古くから日本人の行動は自然や神様に対する敬意と恐れの心によって律されてきたことも事実なのだ。

 中工網は3日、「畏敬の心を持って出発せよ」との評論記事を掲載した。記事は、中国を訪れた日本人観光客が、美しい景色に跪き涙を流したというエピソードを紹介。「万物に対して、現地の風習に対して、ルールに対して、それぞれ畏敬の念を持っていれば、自分勝手な、ルールを逸脱した行為に出ることはあり得ない」とし、マナーやルールを守るためにはまず「畏敬の念」を抱けと論じている。

 中国だって、自然や万物に対して敬意を払うとともに、恐れを抱く心は持っていたはず。無いものを身に着けるのではなく、失いかけたものを取り戻すことが、今の中国社会に求められているのだ。(編集担当:今関忠馬)(イメージ写真提供:(C)Nattee Chalermtiragool/123RF)