幻の夜行新幹線計画

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東海道山陽新幹線は、日本の大動脈というべき路線です。現在、東京駅から博多駅までは、5時間ほどで走行できます。ただ座っていれば移動できるのですから、楽といえば楽ですが、当初は7時間かかっていたので、眠っている間に移動できる夜行新幹線計画がもちあがったことがありました。

昔は7時間かかっていた

さらに、この5時間という数字はスピードアップがなされた結果であって、開通当初は7時間ほどの時間がかかったといいますから駅までの移動を考えれば半日がかかりであるといえるでしょう。この時間を有効活用する案がありました。それが夜行新幹線計画です。

夜の移動が便利

例えば東京から博多の移動を7時間と想定すると夜の23時に東京を経てば、朝の6時に博多に到着することになります。この時間帯ならばビジネスなどに有効活用できて便利ですね。この夜間新幹線という計画は、実際に計画がなされていました。その場合、夜間には線路の保守点検などもあるので、1日ごとに片方の路線だけを使用する計画でした。さらに、東京から博多の中間点にあたる、兵庫県内に待避線を設置する計画もありました。実際に、兵庫県内の姫路駅に待避用のホームが設置され、予備として西明石駅と相生駅が設置されることになりました。同じ頃に、東京と博多とそれぞれに出発した夜行新幹線が姫路駅ですれ違う計画があったのです。かなり具体的なところまで計画は進んでいたといえるでしょう。

なぜとん挫したのか?

ですが、この夜行新幹線計画は実行に移されることはありませんでした。まずはなによりも走行にともなう騒音の問題があり、さらに当時の国鉄の内部でも、職員の労働の負担が増えるということで、労働組合の強い反対もあったので実現することはなかったのです。夜行新幹線が実現していたら寝台付きの新幹線車両といったものも、誕生していたかもしれません。