『ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)』ピーター トライアス 早川書房

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 第二次世界大戦で枢軸国側が勝利し、アメリカは日本とドイツに分割統治されている。フィリップ・K・ディックのヒューゴー賞受賞作『高い城の男』の設定だ。これをひとつの霊感源として『ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン』は書かれている。もっとも作品のたたずまいは大きく違う。ディックはワビサビ的な精神文化として日本を見ていたが、トライアスが物語へ導入した日本はずっとマテリアルなものだ。なにしろ大戦の終盤でアメリカの意気を挫いたのは日本軍がアメリカ本土に撃ちこんだ三発の原子魚雷であり、日本が戦勝国となったおかげでテクノロジーの発展が加速され、1988年の段階でスマートフォン(電卓と呼ばれている)や電気自動車が普及し、デジタルゲームがあたりまえのように浸透しているのだ。さらに、巨大ロボット兵器「メカ」も実用化されている。

 まるでアニメや特撮に描かれたような世界だが、それもそのはず。1979年生まれのトライアスは、子どものころから任天堂やセガのゲームに耽溺し、日本の映画・マンガ・音楽・小説に親しんで育ったのだ。

 この作品で描かれるのはエキゾチックな思いこみで神秘化された日本ではないが、かといってリアルな(私たちが生活している)日本でもない。あえていえば、日本のクリエーターが日本をわざと戯画的に扱うイメージだ。天皇陛下を頂点とする封建的で体面を重んじる文化、非人間的なほど勤勉を尊ぶ精神性。その申し子ともいえるのが、この物語のヒロイン槻野昭子だ。彼女は特別高等警察(特高)の課員で、日本の秩序と正義のためならいくらでも残酷になれる。実際、日本に仇なす容疑者を、いままで何人も殺めてきた。昭子がいま捜査しているのは、アンダーグラウンドで流通している禁断の軍事ゲーム「USA」だ。

「USA」は六浦賀計衛(むつらがかずひろ)将軍が開発したもので、第二次大戦で日独が負けた改変歴史世界を舞台に、プログラム内のシミュレータでゲリラ戦に勝利する方法を教える。『高い城の男』で歴史改変小説『イナゴ身重く横たわる』がひとつの焦点となったように、このゲームをめぐって『ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン』の物語が駆動する。

 六浦賀将軍はいま行方不明だが、サンディエゴに本拠をおく反日本勢力ジョージ・ワシントン団(GW団)と関わりがあると噂されていた。かつては将軍の部下で、いまはサンタモニカ検閲局に勤務する石村紅功(べにこ----愛称はベン)のもとへ、七年ぶりに将軍から連絡が入る。将軍の娘クレアが死んだという。将軍自身は事情があってクレアの葬式を出すことできないので、かわりに紅功が手配を引きうける。

 将軍は秘密裏に連絡したつもりだが、特高は見逃さない。ベンは昭子に連行され、状況がわからないまま捜査に協力するはめになる。それにしても、六浦賀将軍ももともとGW団を憎んでいたはずが、いまはアメリカが勝利した改変歴史のゲームをGW団へ流している。将軍の目的はなんなのか?

 ベンと昭子の行く先々に映画『ブレードランナー』ばりのグロテスクな光景が出現する。電卓バレーは、合法・違法を問わぬテクノロジーによってあらゆる倒錯が加速している汚濁の土地。そこで見つけた手がかりを追ってロングビーチへ向かうと、そこは流行最先端の商店といかがわしい赤線地帯が入り交じった地区だ。大型貨物船に乗りこむと、下のデッキはカジノに改装されており、ひとびとが放蕩のギャンブルに酔っている。仮想空間に没入して戦うゲームがおこなわれ、敗者は死をもってあがなわなければならない。そのゲームがほかならぬ「USA」なのだ。ベンはこの命を賭したギャンブルに参加するはめになる。

 このあたりの展開はケレンにつぐケレンで息つく暇もない。3Dの特撮アクションを観ているかのようだ。ゲーム内空間ばかりではなく、現実のメカも際立っている。ベンが帝国軍とGW団が戦闘をしているサンディエゴ市街を横切るとき護衛についたハリネズミ號は、鎧をまとった巨大な侍のようなフォルムだ。これを操縦する女性パイロット久地樂(くじら)は、生まれつき脚に障害を持つが、それがかえってメカとの親和性を深めている。

 人間が搭乗しないですむホモンクルス機も実用化されているが、反応速度では久地樂のような熟練パイロットには及ばない。ドイツ軍は生体改造によって隷属化された人間バイオモーフをパイロットとする研究をしていたが、戦地に放ったバイオモーフは制御できず、開発を諦めるしかなかった。このバイオモーフがイタリアの闇市場経由でGW団に横流しされていた。

 こんなふうに物語の背景に世界情勢の軋みがチラチラ垣間見えるのも、この作品の面白さだ。ちなみに『ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン』の歴史ではベトナム戦争がまだつづいている。その裏には日本とドイツとの覇権争いがある。日本がアメリカに対する手綱をゆるめないのも、ドイツを牽制するためだ。

 日本とアメリカの捩れた関係が物語に陰影を与えている。紅功(ベン)も昭子も日本名こそついているが純粋な日本人ではなく、生いたちの事情もあって安定的に所属できるコミュニティをもたない。昭子がことさら天皇を崇めるのも文化的刷りこみという以上に、自分が自分でいるための強迫観念だろう。いっぽう、ベンは少年時代に反日的な両親を告発したことが、ずっとトラウマになっている。

 彼が胸に秘めた真実がエピローグで明かされ、それまでの派手な物語が一気に染め直される。じつはこの作品は家族の物語なのだ。

(牧眞司)