ミャンマーのスー・チー国家最高顧問が11月1日に来日したが、その同じ日にミャンマーの国防軍総司令官が訪中し習近平主席と会談。これが何を意味しているのか、中国とミャンマーの思惑を、日本との関係において読み解く。

スー・チー氏の全方位外交

 11月1日、ミャンマーのアウン・サン・スー・チー国家最高顧問兼外相が来日し、安倍首相と会談した。

 2016年3月30日に実質上のスー・チー政権が誕生し、スー・チー氏が外相だけでなくミャンマーの国家最高顧問に就任すると(4月6日に国家顧問就任)、中国の王毅外相は間髪を入れずにミャンマーを訪問し、スー・チー政権誕生以来、最初の外国の高官としてスー・チー氏と会談した(4月5日)。

 なぜなら中国はかつて、ミャンマーの軍事政権を応援していたからだ。

 その歴史は長く、中国の国共内戦(1945年〜49年)で共産党軍に敗北した国民党軍の一部が雲南省を経由してミャンマー(当時のビルマ)に逃れると、その国民党軍をやっつけるために、中国の共産党軍(中国人民解放軍)はビルマ共産党軍を支援して、ビルマで少数民族の武装勢力を巻き込みながら紛争を続けた。

 1988年にビルマで軍事政権が誕生し、1989年にビルマの国名はミャンマーに改正されたが、ちょうどその年、中国では天安門事件が起きて民主化を封じたため、強権路線に戻った中国はミャンマーの「非民主的な」軍事政権を支援したわけだ。

 したがってテイン・セイン(前)政権が2011年、民政移管を宣言して、中国依存から欧米依存に舵を切ると、中国はあわてた。少数民族の武装紛争に悩む新政権に対して、少数民族武装勢力との和平実現に向けて、中国は全面的に協力するという方向で動き始めた。

 そして2015年6月、中国側の強い要請を受けて、スー・チー氏率いるミャンマー国民民主連盟代表団は訪中して習近平国家主席と会談している。

 そのような流れの中、国家顧問になると、今年8月19日、スー・チー氏はまず北京を訪問して習近平国家主席と会談した。

遠藤誉(東京福祉大学国際交流センター長)