アメリカ大統領選の投開票が8日に迫った。異例づくめだった今回の選挙は、選挙戦最終盤にいたっても、民主党候補ヒラリー・クリントンと共和党候補ドナルド・トランプのどちらが勝つか先行きが見えないままだ。なぜトランプのような「独裁者」が正式な指名候補になり得たのか。ヒラリーはどうして嫌われるのか。

 去る10月31日、東京・大手町で開かれたニューズウィーク日本版創刊30周年記念イベントで、藤原帰一・東京大学大学院法学政治学研究科教授が「混迷のアメリカ政治を映画で読み解く」をテーマに講演。アメリカ政治の歴史と大統領選混迷の深層を、映画を縦軸に分かりやすく解説した。映画通としても知られる藤原教授の「青空講義」を、前後編に分けて再録する。

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はじめに――アメリカン・デモクラシーと大統領

 本日はアメリカの政治を映画から考えていく、大統領の役割を中心に跡付けていきたいと考えています。言うまでもなく、アメリカの最高権力者は大統領です。では大統領の役割とは何でしょうか。日本の首相と比べた場合に、最高権力者というだけでなく、国民の統合、アメリカを1つにまとめる中心的な人物という大きな役割を担っています。

 もともとアメリカの大統領は、イギリスから独立した後に国王がいないので、国王の代わりとして選ぶことになった。ですからアメリカ社会のシンボルとして国民が選ぶのですが、まるで君主のようなシンボリックな役割を担っています。だからこそ、アメリカ大統領に誰がなるかをアメリカ国民は非常に関心を持って見つめているのです。

(1)ルーズベルトとアイゼンハワー、慈父としての大統領

 これを映画で振り返っていきます。最初に触れていきたいのは、フランクリン・ルーズベルト大統領。アメリカのニューディールという時代、1930年代から第2次大戦のさなかまで大統領だった人です。ルーズベルトが大統領だった時代は、ハリウッド映画に政治が頻繁に表現されるようになった時代でもあります......とは言いながら、大統領はあまり登場しないんです。大統領本人は登場しなくて、アメリカの政治が出てくる。


『スミス都に行く』
 1939年、監督/フランク・キャプラ

 アメリカの映画で政治を扱った代表的な作品は、『スミス都に行く』。ジェームズ・スチュワートの代表作の1つだと思います。ボーイスカウト出身のいかにも純真な青年が、議員に立候補する。自分が議員になりたいというよりも、「こいつだったら純真だから国民が受け入れるだろう。だけどボスが好き勝手に操ることができる」という期待で議員に選ばれるのです。しかしながら、彼は政治でいろいろな夢を実現する純真な希望をもっている。ここでボスの要求と自分のやりたいことの間でぶつかり合いが出てくる。ぶつかり合いの中で、最後は政治ボスに対抗して頑張る――という話です。

藤原帰一(東京大学大学院法学政治学研究科教授)