急成長著しいakippa。Jリーグでの挫折を経た創業者が目指すものとは(写真は公式HPより)

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 J2クラブの練習生。それが、日本最大の予約駐車場シェアリングサービスakippa株式会社代表取締役社長・金谷元気(31歳)のサッカー選手としての最終到着点だった。そんな金谷は、引退後のわずか8年間で資本金12億超を超え、ビジネス界の一線級で活躍している。同社のビジネスモデルは、既に業界1位に位置づけるまでに成長を遂げた。

「笑われるかもしれませんが、サッカーではクリステイアーノ・ロナウド、起業時はマーク・ザッカーバーグという同学年のトップを常に意識してきました。夢は当社の事業を電気のように、世界中の人々になくてはならないサービスにすることです」と同氏は力を込める。

 アスリート達がいかにセカンドキャリアを構築してきたのか。第一回目は、金谷氏の軌跡に迫っていく。

◆奇しくも、練習生時代の苦難が起業のアイデアに繋がった

「私自身決してうまいプレーヤーではなかった。ただ、どんな時も相手のミスだけは貪欲に狙っていた。下手だけど、点をとる。僕の現役時代はそんな選手でした」

 高校時代には、大阪府の国体選抜候補にも選出される選手だった。高校3年次、当時J2のサガン鳥栖の練習生として招かれるが、プロ契約に至るまでの結果は残せなかった。

“サッカーで飯を食べていく”。金谷はそんな想いを捨てきれず、カテゴリーを落とし関西地域リーグに活躍の場を求める。当時は給料なしの契約で、実質アルバイトで生計を立てるしか術がなかった。

 月の収入は6万円程度。そこでチームメイトのアルバイト探しに商店街の挨拶周りをしている際に、求人を求める数の多さに驚いたという。「これは儲かるのでは?」日常の中からふと得た着想は、後の起業の際に求人事業からスタートするキッカケとなる。

 その他にも、花火大会の際に業務スーパーで格安で仕入れたジュースを路上販売するなど、食べるために、またサッカーを諦めないために知恵を絞った。

 そして、22歳のときJ2ザスパ草津に「これが最後のチャンス」との想いで練習生として挑戦する。だが、2か月後待っていたのは「契約なし」という非情な通知だった。

◆一般企業に就職後、2年で全国の営業マンのトップに

 サッカーしかやってこなかった自分が、次に目指すべきステージはどこか。金谷はサッカーを諦めた後、1か月も絶たないうちに上場企業の営業として、ビジネスマンとしてのキャリアをスタートさせた。

「業種関係なく探したのは、研修がしっかり整っている会社ということでした。なにせ当時は仕事については、右も左もわからない状態。条件に合った会社まで履歴書片手に直接出向き、『採って下さい』と懇願しました。人事担当者も驚いていましたが、偶然、新卒に欠員が出て採用してもらえました」

 2年と期間を決め、起業するための準備期間に当てた。

「起業が目的なので、誰にも負けない結果を残せないようでは話にならない」

 2年間の間にメキメキ力をつけ、最終的には200人を越す営業マンの中、全国トップの成績を残すまでに成長を遂げる。その後、退社と同時に資本金5万円、従業員1人という状態で起業を果たす。

「ビジネスの世界で楽しかったのは、努力が結果に比例するということでした。サッカーでは、努力で補えない才能がものをいう部分もあり、いくらやっても先が見えない不安があった。それに起業から他に目を向けることなく事業展開できたのは、やはりサッカーで努力してきたからという自負もありました」

 起業から8年経った今、同社は従業員106名を数える大所帯のベンチャー起業へと変貌しているakippa。

 その背景には、「できる可能性があることは全てする。限界を自分で設定しない」という金谷の飽くなき探究心がある。2014年には、日本最高峰のベンチャーイベントであり若手経営者の登竜門でもある、「Infinity Venture Summit Fall Lanch Pad」で上述のパーキングシェアアプリをプレゼンし、見事優勝を果たす。