マツダの挑戦「ファンづくり」のサービス革命

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■異彩を放っていた「整備、塗装職業体験」

マツダは去る9月25日(日)、富士スピードウェイの施設全体を活用したブランドコミュニケーション活動の新しい試みに踏み出した。

そのイベントの名称は「Be a driver. Experience at FUJI SPEEDWAY」。

メディアの一員としては、このすべて横文字の名称にどんな略称をつけてよいか悩んでしまう。とはいえ、このイベントの新しさは、従来の一般的に行なわれている「ファン(愛用者)サービス」、たとえば、製品の展示、サーキット走行のデモンストレーション、またユーザーによるレースといった一般的なものだけにとどまらず、つくり手の日々行なっている仕事がどんなものなのか、つかい手としてのユーザーが、疑似的に体で感じられるところにあった。

具体的には、マツダのエンジニア指導のもと、彼らが普段使っている本格的な道具を使って、革製のキーホルダーを材料からつくりだす“モノ造り”体験(もちろん自作のキーホルダーは記念品となる)や、マツダの標榜する“人馬一体”の体験試乗をはじめ盛りだくさん。その中でも、とりわけ異彩を放っていたのが「整備、塗装職業体験」だった。

これは対象を子どもに限定したイベントだ。

「整備」のコーナーを紹介してみよう。まず、マツダのサービススタッフと同じデザインの作業服(つなぎ)を着せてもらえる。参加者はこれだけで嬉しい気分になる。次に整備に使用される本物の工具を与えられ、実際にジャッキアップしたこれまた本物のマツダ車の下にもぐりこむ。そしてアンダーカバー(エンジンルームの下側を保護している樹脂製の板)をはずしたり、ボルトのまし締めをしたりといった車両の整備をするわけだ。

実際に本物のクルマをジャッキアップしてクルマを下からながめそして“触れる”、さらにそれを自分の手で“整備”できるというのは、一般の人間にしてみても経験者は少ないはずだ。というのも、ディーラーの整備工場の現場は、普段、安全上の観点から近づくのは難しいからだ。まして子供にとって、クルマの“お腹”を下からながめるというのは貴重な体験に違いない。おおげさに言えば、そこには全く想像していなかった世界が広がっているはずだ。

■顧客へのサービス、接し方に変化が

マツダはこの体験コーナーのためこの会場にジャッキアップの設備を二台用意した。しかも、体験する子どものために、わざわざ小さなサイズのつなぎを用意して、整備を体験する子どもに対する演出にも心がけていた。おかげで、作業をする子どもの姿を見守る親の表情はみな、楽しそうだった。いやむしろ、自分が体験したいのに……というような表情にも見えた人が多かった。

対象を子どもに限定したこのマツダの意図は明確だ。マツダの製品を購入する今の顧客を大切にしながら、同時に将来マツダを支持してくれる顧客層を積極的に育てたいということだ。子どもにとって、このような普段あまり縁のない体験は、間違いなく大きなインパクトになるだろう。小さいときの印象深い経験は大人になっても記憶から消滅することなく、よく覚えているものだ。メーカーの立場からすれば、長期的な視点に立ったマーケットの育成・醸成ということになる。

この体験コーナーをながめていると、メーカーの顧客に対する直接的なサービス、また接触の仕方に変革が訪れているように感じられる。つまり、メーカー対顧客といういわば対立概念でその関係を捉えるのではなく、メーカーと顧客が同じ方向を向いている、いわば友だち感覚が醸成されているように思われる。顧客はクルマという製品を媒介にして、メーカーになにかを「してもらう」のではなく、クルマを媒介にしながら、なにかを「一緒にする」という感覚だ。その意味で、この整備体験に象徴される今回の「モノ造り体験」の企画は、マツダのマーケティングの手法に大きな質的変化が起こっていることを示している。

同社の執行役員で、営業領域総括でグローバルマーケティング・カスタマーサービス担当の青山裕大(あおやま・やすひろ)は言う。

「マツダが最近一貫して掲げている"人馬一体"というのは、マツダ車の購入を促すメッセージであるだけでなく、実際にマツダ車のオーナーになった方々が感じ取った感覚や体験にわれわれが耳を傾け、そしてお互いに語り合うための絶好のテーマにもなっています。この種の地道な活動を長期間続けていくことがブランド構築にとって非常に重要なのではないでしょうか」

今回の富士スピードウェイは、その活動がこれまでで最高の盛り上がりを見せた場となった。

マツダ社員の手作りによるさまざまな体験コーナーや歴史的なマツダ車の展示と並行して、会場の特設ステージで、経営陣や開発者によるトークセッションも開催された。

中でもその“目玉”となったのが、経営陣のトークセッションだろう。午後12時30分にそのステージにあがったのは、専務の藤原清志、常務の前田育男、そしてカスタマーサービス本部長の梅下隆一の三人だった。約400人の聴衆を前に30分間にわたって、それぞれの立場から、マツダのファンに語りかけた。

そこで、藤原は開発を統括する立場から、前田はデザインを主導する視点から、そして梅下は、サービス・マーケティングの立場から、「マツダの変革と将来に向かってのビジョン」を訴えた。

このマツダの変革とビジョンを語るとき、彼らにとってその語りの軸になっていたのがRX-VISIONだった。これは、昨年秋に初めて公開されたロータリースポーツコンセプト、つまりいわゆるコンセプトカーの名称であり、会場の聴衆もその“これから”について知りたいと、聞き耳を立てていた。前田はこれに言及し「ヨーロッパのデザイン賞を多数頂戴し励みになった。走る姿が美しいマツダならではのデザインをこれからも追求する」とRX-VISIONを核としたマツダのデザインの進化に自信をのぞかせた。

■世界一のクルマづくりに邁進する

開発の責任者である専務の藤原は次のように語っている。

「マツダはこれまで浮沈を繰り返し、苦しい時代を過ごしてきた。そうした苦境に陥るたびにマツダは顧客に支えられた、そのおかげで、今がある。この会場の熱気を目の当たりにして改めてそれを強く感じた。マツダは顧客の皆様に対してそのお返しをし、さらに期待に応えるために努力を続けていくことを改めて約束する。世界一のクルマづくりに邁進する」

そして、次のようなことばで30分間のトークセッションを締めくった。

「この席で前田はRX-VISIONのことを語りました。私はすでに貯金を始めています!」

“前田は……語った”と“すでに貯金”の間に、藤原は何のことばも入れてはいない。しかしこのふたつのことばに、どのような関連があるのか、会場の数多くの聴衆は、すぐに理解した。そのことばにとまどうような空気がほんの一瞬流れたあと、大きな拍手が起こったのだ。

ちなみにこの会場にはRX-VISIONのクレイモデルが展示されていた。このRX-VISIONが単なるマツダのデモンストレーションだけに終わる“デザインスタディーモデル”だとは言えないだろう。確かに、ボンネットの低さや長さは、ロータリーエンジンを積むスペースとしてはやや現実から離れているかもしれないが、エアスクープやリアのスポイラーの形状など細部にわたって、生産を前提としたデザイナーの意図が表れているように見える。

この会場に展示されていたマツダの歴史的モデル(市販車)の中で、やはり最も人気の高かったのは、コスモスポーツだった。「ロータリーエンジンのマツダ」を象徴する世界的にも有名なスポーツカーだ。今から49年前の1967年に発売された当時の価格は148万円。同じ年の国家公務員上級職の初任給が2万5200円。5年分の給料全部をつぎ込んで(賞与を除く)やっと買える、という世界で唯一のロータリーエンジンを積んだ、破格のスーパースポーツカーであり、それがゆえに、マツダのブランドアイコンにふさわしい存在になった。

そして今、RX-VISIONをベースに新たなスポーツカーが世の中に出るとすれば、それはコスモスポーツ以来半世紀ぶりの「マツダの象徴」となることは間違いない。経済・経営環境の厳しさからマツダがつくりたくてもつくれなかった“年収の○倍”といったスーパースポーツカー=新たなブランドアイコン=誕生の日は果たしていつか(ちなみに今年の国家公務員の初任給をもとにすると、その年収は賞与を除いて約250万円)。おりしも、4年後の2020年、マツダは創業100周年を迎える。

メーカーの人間が、“自分の欲しい製品をつくる”のはある意味当然の話。しかし、「すでに貯金を始めた」という藤原のことばは、約10年の歳月をかけてスカイアクティブをものにし、国内外の市場にその評価を定着させた自信と、今後の開発に賭ける意欲が表れていた。これは藤原ひとりのものにとどまらず、マツダ経営陣のそれに違いないだろう。

(文中敬称略)

(ジャーナリスト 宮本喜一=文)