二人三脚で歩んできた辻井親子

写真拡大

子どもをよく観察し、個性を伸ばすために刺激を与え、やりたいことサポートすることで本人が自信をつける。これは、ピアニスト・辻井伸行さんの母、いつ子さんの子育ての法則だ。3回シリーズのラストの今回は、世界最高峰のコンクールへの挑戦と挫折、そこで見えたことを綴ってもらった。(「辻」は一点しんにょう、以下同)

躊躇せず送った1本のテープ

「伸くん、今度の春にパリでデビューしないか?」

 伸行が14歳の時に、こう声をかけてくださったのは、世界的な指揮者・佐渡裕さんです。佐渡さんは、まだ中学生だった伸行に、パリの伝統あるコンサートホール「サル・ガボー」でのラムルー管弦楽団の定期演奏会に招いてくださいました。そして、佐渡さん指揮のもと、パリで初の演奏が実現したのです。国内でも、ご自身が芸術監督を務める「兵庫芸術文化センター」のコンサートなどに呼んでくださり、伸行がプロデビューした後は、一緒にCDを出させていただくなど、本当にお世話になっています。

 思えば、伸行は実に「出会い」に恵まれていたと思います。多くの方の助けがなければ、伸行はプロとして演奏できていたかどうか分かりません。しかし、その出会いの多くは偶然ではありません。

 例えば、佐渡さんと出会ったきっかけは、私が起こしたアクションでした。親しくしていたライターの方が、たまたま佐渡さんの取材をしていると知り、「佐渡さんに聴いてほしい」と、伸行の演奏を収めたテープを渡していただくよう依頼したのです。その方に「佐渡さんのところには、こういうテープが沢山来ているから聴いてもらえるかどうか分からないよ」と言われましたが、万が一にも聴いていただけたら大ラッキーだと思いました。

 私は、こういう時には迷わず進みます。「どうせダメだろう」と何もしなければ決して道は開けません。「ダメでもともと。とにかくやってみよう」という思いでした。

 幸い、佐渡さんはテープ聴いてくださいました。あまりにも多くのテープが届くので、お風呂に入りながら聴くことしかできなかったそうですが、伸行のピアノが流れるとすぐに「すぐにこの子に会いたい、演奏を生で聴きたい」と思ってくださったそうです。

 その年のクリスマス、演奏会後の佐渡さんの楽屋を訪ね、中学1年生の伸行は備え付けのアップライトのピアノで演奏しました。ふと気づくと、私の横で聴いていた佐渡さんが大粒の涙を流していました。この日以来、「伸くんのためなら、何でもやるよ」とおっしゃって、変わらぬお力添えをいただいています。

続きはこちら(ダイヤモンド・オンラインへの会員登録が必要な場合があります)