ニューヨークのファッションを撮り続けたビル・カニンガム氏。今年6月に逝去。(写真=AFLO)

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私は、ファッションには疎い人間で、とにかく、1年中、同じ服を着ている。

しかも困ったことがある。学者さんの中には、時折、同じ服を何着も持っている、という方がいらっしゃるけれども、私の場合、本当に1着しか持っていないのである。

ズボンも、ジャケットも、ドラム式洗濯乾燥機で洗ってしまう。完全に乾かないままに取り出して、そのまま着て出ていってしまう。こんな話を聞くと、それはひどい、という方が多いのだが。

そんな私でも、ごく稀に、ファッションショーに行くことがある。率直に、凄いと思う。デザイナーが、トレンドの最先端を読んで、エレガントで独創的な服をつくり、それを、この惑星の生きものとは思えないほどのスタイルのモデルさんが着て歩く。

ファッションに縁遠い私でも、へえ、と感心し、見入ってしまう。もっとも、モデルさんが着ている服を実際にまとってみようとはなかなか思わないし、そもそも、サイズ的に入らないと思うのだが。

さて、流行の動きとして、デザイナーのつくった服がファッションショーで披露され、それが世の中に広がっていく、という方向性がある。それは大切だが、全く別の流れもあるのだと、ある人物のドキュメンタリー映画を見ていて気づかされた。

先日、87歳で亡くなったビル・カニンガムさん。ニューヨークのストリートで、街行く人たちのファッションを長年撮影し続けた、伝説の写真家である。

ニューヨークといえば、世界的なモードの中心地。この街のファッション・リーダーの多くが、「ビルに撮ってもらうために、服を着ている」「ビルに撮ってもらうのが、いちばんうれしい」と証言する、カリスマ写真家だった。

そのドキュメンタリー映画『ビル・カニンガム&ニューヨーク』で描かれるカニンガムさんの仕事ぶりは、印象的である。自転車に乗って、どこにでも出かけていく。人々の服を、帽子を、そして靴をじっと見ている。

そのようにして「観測」しているうちに、何か動きが見えてくるのだという。「ああ、穴の開いたスニーカーが多いな」というように。そのような「トレンドの種」が、同時に10くらい頭の中に浮かぶのだと、カニンガムさんは言う。

そして、そのような「種」が、カニンガムさんの中で整理され、編集されていく。

カニンガムさんがストリートで拾い、編集したファッションのトレンドの種は、やがて、ニューヨーク・タイムズなどのメディアに掲載され、無名の人が有名になり、流行のうねりがつくられていった。そのような動きの真ん中に、カニンガムさんがいた。

カニンガムさんが伝説的な存在になった理由の1つは、その立ち位置にあると言えるだろう。ファッションを、「上からの押し付け」と捉えるのではなく、人々の中から立ち上がるものとして捉えた。その流れを、カニンガムさんは、謙虚に、そして誠実に追いかけた。

ドキュメンタリー映画の中にも出てくるが、カニンガムさんは、飾らない人だった。雨の時に着る愛用のポンチョは、穴だらけ。新しいものを買ってもどうせすぐ穴が開くからと、黒いガムテープを張って、着続けた。

ストリートを見つめ続けたカニンガムさん。テープで修理した愛用のポンチョ自体が、最高のファッションだった。

(茂木 健一郎 写真=AFLO)