脳の異常血管網が「タバコの煙」のようにモヤモヤして見える(shutterstock.com)

写真拡大

 2001年5月、「輝きながら...」「壊れかけのRadio」で知られるシンガーソングライターの徳永英明さんは、一過性の脳虚血発作による脳血管障害の「もやもや病」の手術を受け、約1年8カ月間、休養した。

 2016年2月、徳永さんは、腕の痺れや体調不良を訴えて検査入院。脳梗塞を予防するために、脳血管をつなぐバイパス手術を受けた。2ヶ月のリハビリ療養の後、快方に向かい、3月に退院。現在は仕事に復帰し、年末のコンサートツアーも決まっている。

 徳永さんが襲われた「もやもや病」とはどのような疾患だろう? 「もやもや病」の発見の物語は、画像診断テクノロジーの進化の歩みでもある。

「ウィリス動脈輪閉塞症」か?「もやもや病」か?

 1953(昭和28)年、血管と臓器との間にX線の吸収差をつける造影剤を注入し、連続的に撮影する血管造影法が導入され、動脈や静脈の病変を適確に診断できるため、日本の脳神経外科学は世界をリードする著しい急成長を遂げた。CT(コンピュータ断層撮影装置)やMRI(磁気共鳴画像診断法)などの画像診断技術のイノベーションは診断精度を高めたので、さまざまな未知の脳血管障害が発見される。

 脳底部に異常血管網を示す疾患群である「もやもや病」は、1965(昭和40)年8月、大阪市立総合医療センター脳神経外科の小宮山雅樹教授が「発症は、奇形説と側副血行路説とが併存する」と世界で初めて提唱し、新たな脳血管障害と認められる。

 1966(昭和41)年、慶應義塾大学の工藤達之教授は「側副血行路説を支持し、『ウィリス動脈輪閉塞症』と命名したい」と発表。一方、鈴木二郎東北大学教授は分かりやすく「もやもや病」と名づける。

 疾患名の統一を図るため、厚生省(当時)は「ウィリス動脈輪閉塞症」を採用し、特定疾患(難病)に指定。だが、海外では「もやもや病」が広く普及し、国際統計分類の標準病名となったため、「もやもや病」が定着した。

異常血管網が「タバコの煙」のようにモヤモヤして見える

 脳底部に異常血管網が見られる脳血管障害、それが「もやもや病」だ。脳血管造影画像に異常血管網がタバコの煙のようにモヤモヤして見えることから、「もやもや病」と呼ばれる。

 大脳には、血液を送る左右の内頸動脈と、小脳・脳幹・大脳の後方部に血液を送る左右の脳底動脈の合計4本の太い血管があり、この4本の血管が脳に栄養を送っている。これらの血管は、脳底部で繋がり、ウィリス動脈輪と呼ぶ輪を作っている。

 「もやもや病」は、ウィリス動脈輪が閉塞して発症する。ウィリス動脈輪が閉塞すると、脳の血流が悪化し、脳虚血に陥るので、不足した血液を補うために脳底部にある毛細血管が血管網を作り、その末端が徐々に詰まる。

 「もやもや病」は日本人やアジアに多い。日本の罹患者は、およそ1万5000人(2012年)。女性の発症率は男性の約2.5倍。10歳以下の子どもが最も多く、30〜40代の成人も少なくない。
短時間に大きな呼吸を繰り返すと生じやすい

 「もやもや病」は、虚血型と出血型の2種類がある。

 虚血型は、脳の血流が悪化し、脱力発作、片麻痺、反復性の頭痛、不随意運動、痙攣、失神、知能障害などの脳虚血発作を伴う。特に子供に多く見られる。熱いものを冷まそうとフーフーする、管楽器を吹く、激しく泣くなど、短時間に大きな呼吸を繰り返すと生じやすい。症状が数分でおさまる一過性脳虚血発作と症状が残る脳梗塞が特徴だ。

 異常に発達した血管網は脆弱で破れやすいので、出血型は、突然の頭痛、意識障害、片麻痺などを伴う。脳出血やくも膜下出血を引き起こしやすい。成人は虚血型と出血型が同じ頻度で見られる。

 突然起こる出血はCTで、太い動脈の詰まりともやもやとした血管はMRIで撮影し、画像診断を行う。脳虚血発作の治療は、直接血行再建術と間接血行再建術、その両方を行う複合血行再建術がある。

 直接血行再建術は、血流が悪い頭蓋内血管と十分に血流がある頭蓋外血管を縫い合わせるバイパス手術。間接血行再建術は、十分に血流がある頭蓋外の組織を血流が悪い脳の表面と接触させ、新しい血管が自然に生えるのを待つ手術だ。したがって、一過性脳虚血発作で発症したものの、予後が良好である徳永さんは、直接血行再建術を受けたと考えられる。

脈脈と受け継がれる「もやもや病」の解明と克服の絆!

 奇形説と側副血行路説を世界で初めて提唱した 小宮山教授、ウィリス動脈輪閉塞症と命名した工藤教授、「もやもや病」の名づけ親になった鈴木教授――。

 疾患の解明に死力を尽くしつつ、克服への決死のバトンは、夥しい研究者や病理医に受け継がれ、数々の目覚ましい臨床成果となって結実している。

 2011年7月、京都大学医学研究科環境衛生分野(小泉昭夫教授)、国立循環器病研究センター(橋本信夫総長)、京都産業大学(永田和宏教授)らの研究グループは、「もやもや病」の感受性遺伝子(RNF213遺伝子の多型p.R4810)の特定に成功している。

 2012年3月、横浜市立大学学術院医学群の研究グループは、DNA型鑑定によって早急に手術すべきか否かを判断する遺伝子マーカー(R213遺伝子の多型であるc.14576G>A)を発見している。

アジア人に多発する機序の解明も探求など新たな研究が進む

 2016年に入っても、臨床研究のウエーブは続く――。

 東京医科歯科大学脳神経機能外科学分野(成相直准教授)と中国人民解放軍307医院脳血管中心(段煉教授)の日中医学協会助成事業『日中のもやもや病多発家系における全エクソーム解析による人種差を超えた真の病因遺伝子の探索』が進められ、アジア人に多発する機序の解明も探求されている。

 また、北海道大学(茺内祝嗣教授)は『もやもや病の特異的iPS細胞由来血管内皮細胞の多角的解析』を発表、iPS細胞を活用した病因の解明に光を当てている。

 さらに、国立病院機構九州医療センター脳血管センター(和田晋一教授ら)の研究グループは、脳血管造影や頸部血管超音波検査によって「もやもや病」のChampagne bottle neck sign(CBNS)と内頸動脈血流動態との関連性を発表、新たな知見を積み重ねている。

 さて、もやもやは、もや(靄)が立ちこめたように、ぼんやりした状態だ。英語の「misty」「foggy」「fuzzy」「gloomy」もさっぱりしない。爽やかな秋こそ、晴れ晴れ、イキイキと過ごしたいものだ。


佐藤博(さとう・ひろし)
大阪生まれ・育ちのジャーナリスト、プランナー、コピーライター、ルポライター、コラムニスト、翻訳者。同志社大学法学部法律学科卒業後、広告エージェンシー、広告企画プロダクションに勤務。1983年にダジュール・コーポレーションを設立。マーケティング・広告・出版・編集・広報に軸足をおき、起業家、経営者、各界の著名人、市井の市民をインタビューしながら、全国で取材活動中。医療従事者、セラピストなどの取材、エビデンスに基づいたデータ・学術論文の調査・研究・翻訳にも積極的に携わっている。

シリーズ「DNA鑑定秘話」バックナンバー