宇多田ヒカルラジオでブレイク?

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宇多田ヒカルは、誰もが知るミュージシャンですが、最初からいきなり売れたわけではありませんでした。彼女がプロモーションの場所として用いたメディアはラジオでした。

デビュー前にラジオ番組をスタート

宇多田ヒカルは、1998年の12月に日本でメジャーデビューしますが、それに先駆けてラジオのレギュラー番組をはじめます。インターFMで『Hikki's Sweet&Sour』、さらに北海道と福岡県のローカルFM局『WARNING HIKKI ATTACK!!』の番組がはじまります。これらのラジオ番組は、聴ける場所と人間が限られていました。いまはラジコなどでエリアフリーの聴取が可能ですが、当時はそうしたシステムはありませんでした。

なぜラジオだったのか?

なぜ、テレビ出演や雑誌のインタビューといったものではなく、ラジオだったのかといえば、それが彼女にとって都合の良いものであったということもあるでしょう。当時、彼女の年齢は15歳でした。学業と並行しながらミュージシャン活動をするにあたって、自らの都合に合わせて録音ができるラジオは手軽なツールであったのです。

情報は小出しにされていた?

さらに宇多田ヒカルは大体的なプロモーションなどは行わず、ラジオで音楽が繰り返し流れることにより、少しずつ口コミでブレイクしていくという手法を狙っていました。音楽そのものを味わってもらおうとする意図がそこにはあったのかもしれません。