才能の開花を妨げる「迷信」[田坂広志の深き思索、静かな気づき]

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世の中に、自分の才能を開花させたいと願う人は多いが、その願い通り、自分の中に眠る才能を開花させる人は少ない。

それは、なぜであろうか。

その一つの理由を教えてくれる、興味深いエピソードがある。

何年か前、あるテレビ番組で、世界的なチェロ奏者、ミッシャ・マイスキーが、子供たちに音楽を教えていた。

そして、その番組の中で、マイスキーは、子供たちに、一つのクイズを出した。

そのクイズとは、バッハの無伴奏チェロ組曲の同じ曲について、三人のチェロ奏者の演奏録音を聴かせ、誰が最も若い年齢の演奏者で、誰が最も歳を取った演奏者かを、当てさせるというものであった。

しかし、このクイズの結果は、静かな驚きを禁じえないものであった。

子供たち全員が、「最も歳を取った演奏者の重厚な演奏」と感じたのは、実は、若い頃のマイスキーの演奏であった。

そして、同様に、子供たち全員が、「最も若い年齢の演奏者の軽快な演奏」と感じたのが、それから16年の歳月を経た、最近のマイスキーの演奏であった。

伸びやかに、軽やかに、その精神の若々しさを感じさせる演奏は、ソビエト抑留の苦難の歳月を経て、年輪を重ねたマイスキーのものであった。

このマイスキーの演奏を聴くとき、我々は、いま、世の多くの人々が「常識」と思って信じていることが、実は、一つの「迷信」であることに、気がつく。

人は、歳を取ると
精神の若さと瑞々しさを失っていく。

実は、我々が、歳を取るにつれ、精神の若さと瑞々しさを失っていくのは、多くの人々が信じる、その「迷信」によって、それが真実であると思い込み、無意識に「自己限定」をしてしまうからに他ならない。

そして、実は、そうした無意識の「自己限定」は、世に溢れている。

例えば、社内での企画会議において、年配の男性上司が語る、次のような一言。

「ここは、君たち女性スタッフの、細やかな感性で、何か、良いアイデアはないだろうか……」

もとより、この上司には、悪意も他意も無い。しかし、こうした言葉が、その裏返しに、自分自身と周りの男性スタッフに、「男性には、細やかな感性が欠けている」という無意識の「自己限定」を刷り込んでしまっていることに気がつかない。

だが、改めて「ジェンダー論」を述べるまでもなく、すべての男性の中に「男性性」と「女性性」があり、すべての女性の中に「女性性」と「男性性」がある。

それゆえ、当然のことながら、男性であっても、「細やかな感性」を開花させていくことはできる。そして、周りを見渡せば、そうした男性は、決して少なくない。

されば、我々の才能や可能性の開花を妨げているのは、実は、「男性は、細やかな感性が欠けている」「女性は、論理的に考える力が弱い」「老人は、瑞々しさを失う」「若者は、思慮が浅い」といった「迷信」とも呼ぶべき「思い込み」であり、それによる無意識の「自己限定」に他ならない。

しかし、もし我々が、それが「思い込み」であり「迷信」であることに気がつくならば、そこから確実に、我々の中に眠る可能性が開花し始める。

そして、そのとき、「古い迷信」が消え去り、21世紀の「新たな常識」が生まれてくる。

人は、永き歳月を歩み、
人生の苦難を乗り越えていくほどに、
精神は、若く瑞々しくなっていく。

マイスキーのエピソードが教えてくれるのは、その「新たな常識」であろう。

田坂広志◎東京大学卒業。工学博士。米国バテル記念研究所研究員、日本総合研究所取締役を経て、現在、多摩大学大学院教授。世界経済フォーラム(ダボス会議)GACメンバー。世界賢人会議Club of Budapest日本代表。著書に『人間を磨くー人間関係が好転する「こころの技法」』他 tasaka@hiroshitasaka.jp